TAC制度とは、Total Allowable Catch(漁獲可能量)の略称で、水産資源の持続的利用を目的に、魚種ごとに年間の漁獲量の上限を定め、その範囲内で漁業を行う資源管理制度だ。

水揚げ後に気づく「枠の消化」という現実

北海道のサンマ漁船が、10月の凪続きで好漁模様に恵まれ、2週間で例年の1.5倍の水揚げを記録した。ところが港に戻ると、漁協から「今年のTAC枠があと3日分しか残っていない」と告げられる。船は修理したばかり、燃料も積んだ、海は穏やか、魚は群れている。それでも出漁できない。こうした事態は、TAC制度を理解せずに操業計画を立てた漁業者が直面する典型的なトラブルだ。

「漁獲枠」と「漁獲規制」を混同する誤解

マイワシ漁獲量の推移(出典:水産庁「漁業・養殖業生産統計」)
マイワシ漁獲量の推移

TAC制度について、多くの人が「漁獲量を制限する規制」という理解で止まっている。確かに間違いではないが、これでは制度の本質が見えない。

よくある誤解は、TACを「個別の漁船に割り当てられる枠」だと思い込むケースだ。実際には、TAC制度そのものは魚種ごとの**国全体の漁獲可能量**を定めるもので、それをどう配分するかは別の仕組みになる。大臣管理漁業と知事管理漁業に分けられ、さらに大臣管理分は大中型まき網、沖合底びき網など漁業種類ごとに配分される。個々の漁船への割り当ては、この配分を受けた漁業者団体や都道府県が行う。

もう一つの誤解は、「TACがあれば乱獲は防げる」という楽観だ。TAC制度は資源管理の一手段に過ぎず、枠が適切に設定されなければ資源は減る。実際、マイワシのTACは2000年代前半に資源減少を反映して大幅に削減されたが、その判断が遅れたことで回復に時間がかかった。

TAC制度とはにおける「漁獲枠」と「漁獲規制」を混同する誤解の様子

TAC制度が日本に導入された経緯

TAC制度が日本で始まったのは1997年、「海洋生物資源の保全及び管理に関する法律」(TAC法)の施行による。背景にあったのは、1994年に発効した国連海洋法条約と、1995年の国連公海漁業協定だ。これらの国際ルールは、沿岸国に対して自国の排他的経済水域(EEZ)内の水産資源を科学的根拠に基づいて管理する義務を課した。

制度開始当初の対象魚種は、マイワシ、スケトウダラ、マアジ、マサバ、ゴマサバ、スルメイカ、ズワイガニの7魚種だった。当時の水産庁は「主要魚種から段階的に導入する」方針を示していたが、漁業者側の反発は強かった。特に、マイワシは1980年代に年間400万トン前後の漁獲があったものの、1990年代には急減しており、TAC導入時には既に資源が低迷していた。そのため「規制が遅すぎた」との批判と、「今さら枠を設けても意味がない」という声が同時に上がった。水産庁「漁業・養殖業生産統計」によれば、マイワシの漁獲量は1988年に449万トンでピークを迎えたが、TAC制度導入直前の1996年には約23万トンまで激減しており、制度導入時には既に資源が大幅に減少した後だった。

2000年代以降、対象魚種は段階的に拡大され、2021年にはサンマ、ホッケ、クロマグロなどが追加され、現在は8魚種群が対象になっている。この拡大は、クロマグロの国際的な資源管理強化など、外圧による部分も大きい。水産庁「令和4年度水産白書」によると、2021年時点でTAC対象魚種の漁獲量は全国の海面漁業生産量の約4割を占めており、制度の影響範囲は年々拡大している。水産庁「令和3年度水産白書」によると、クロマグロは2010年代初頭に歴史的低水準まで資源が減少したが、2015年から厳格なTAC管理を開始した結果、2020年には初期資源量の約20%まで回復し、科学的な枠設定の有効性が示された。

漁協の事務所で動く「枠管理」の実務

TAC制度の運用は、現場では「枠管理」と呼ばれる日々の数字の積み上げ作業になる。

宮城県の気仙沼漁協では、サンマやサバの水揚げがあるたびに、漁協の担当者が水揚げ量を集計し、県に報告する。県は管内の全漁協からの報告を取りまとめ、知事管理分の消化状況を把握する。大臣管理分についても、漁業者団体が同様の作業を行い、水産庁に報告する。この報告は原則として旬報(10日ごと)で行われるが、漁期のピーク時には週報や日報に切り替わることもある。

漁業者にとって厄介なのは、**枠の消化状況がリアルタイムでは分からない**点だ。報告に数日のタイムラグがあるため、出港時には「まだ枠がある」と思っていても、帰港したら「既に上限に達していた」という事態が起こり得る。この場合、超過分は次年度の枠から差し引かれるか、場合によっては操業停止命令が出る。

時化が続いた後に凪が来ると、多くの船が一斉に出漁し、短期間で大量の水揚げが発生する。こうした「駆け込み漁獲」は、鮮度落ちによる魚価の低下を招くだけでなく、枠の急速な消化にもつながる。結果として、漁期の途中で操業を止めざるを得なくなり、後半の漁模様が良好でも出漁できない、という矛盾が生じる。

TAC制度とはにおける漁協の事務所で動く「枠管理」の実務の様子

IQ制度との決定的な違い

TAC制度と混同されやすいのが、IQ(Individual Quota:個別割当)制度だ。TACが国全体や漁業種類ごとの総枠を定めるのに対し、IQは個々の漁業者や漁船に具体的な漁獲枠を割り当てる。

日本では、ベニズワイガニ漁業やミナミマグロ漁業で、IQの一種であるITQ(Individual Transferable Quota:譲渡可能個別割当)が導入されている。ITQでは、割り当てられた枠を他の漁業者に売買・譲渡できるため、経営効率の高い漁業者に枠が集約される仕組みになる。

教科書的には「TACは第一段階、IQはより高度な管理手法」とされるが、実際の現場では評価が分かれる。IQは個々の経営判断の自由度を高める一方で、枠の取引価格が高騰すると新規参入が困難になり、漁村の高齢化と後継者不足に拍車がかかる懸念がある。長崎県や静岡県の一部では、地域独自のプール制(漁協が枠を一括管理し、組合員に配分する方式)を採用し、ITQの弊害を避けつつ柔軟な運用を図っている。

項目

TAC制度

IQ制度

ITQ制度

割当単位

国・都道府県・漁業種類

個別漁業者・漁船

個別漁業者・漁船(譲渡可)

枠の融通

漁業種類間で可能(手続き必要)

原則不可

市場取引可能

導入魚種

8魚種群(2023年時点)

ベニズワイガニ、ミナミマグロなど限定的

同左

超過時の扱い

次年度枠から控除、操業停止命令

同左

同左

新規参入

比較的容易

枠配分の調整が必要

枠の購入が必要(高額化リスク)

未利用魚と「活け」の矛盾

TAC制度には、資源管理の観点では合理的でも、現場の経営とは相性が悪い側面がある。

その一つが、混獲(狙った魚種以外が網にかかる現象)への対応だ。たとえば、サバを狙った巻き網漁でマアジが大量に混獲された場合、マアジのTAC枠が残っていなければ、その分は投棄するか、水揚げしても次年度の枠から差し引かれる。鮮度が命の青魚を、枠の都合で海に戻すのは、資源の有効活用という観点からは矛盾だ。

活けの出荷を主体とする漁業者にとっても、TAC制度は悩みの種になる。活魚は高値で取引されるが、活かしておくための生簀の維持や、出荷調整のための時間が必要だ。ところが、TACの枠管理は水揚げ時点の重量で計算されるため、活けで出荷するために時間をかけると、その間に他の漁業者が枠を消化してしまい、自分の分がなくなるリスクがある。結果として、「早く水揚げして枠を確保する」インセンティブが働き、活けではなく鮮魚での出荷に流れる。これは高付加価値化という政策目標とは逆行する動きだ。

「まずは自分の漁業種類の配分率を確認しろ」

TAC制度を理解するための第一歩は、自分が従事する漁業の種類が、対象魚種のTAC配分においてどの位置にあるかを把握することだ。

水産庁のウェブサイトには、魚種ごとのTAC設定量と、漁業種類別・都道府県別の配分表が公開されている。たとえば、マサバの大臣管理分のうち、大中型まき網漁業に何トン、沖合底びき網漁業に何トン、といった内訳が記載されている。自分の所属する漁協や漁業者団体がどの区分に該当し、全体の何パーセントを占めるのかを知るだけで、操業計画の立て方が変わる。

次に、所属する漁協や団体の事務所に行き、「今年の枠の消化状況」を定期的に確認する習慣をつけることだ。多くの漁協では、掲示板やファックスで組合員に情報を流しているが、見落とす漁業者も多い。スマートフォンのリマインダーに「毎週月曜、漁協に電話」と入れておくだけで、無駄な出漁を避けられる。枠管理は地味な作業だが、これをサボると、時化明けの好機を逃すことになる。

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この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。