2024年12月から完全施行された水産流通適正化法により、特定第一種水産動植物は漁獲から小売まで全段階で記録義務が生じた。
この変更で現場はどう変わるか
「紙の伝票があれば問題ない」と考える漁協職員が多いが、実態は異なる。水産流通適正化法の完全施行で、アワビやナマコの水揚げ現場では電子記録への移行が進み、従来の伝票管理では対応できなくなった。
結論からいえば、この法律は「誰がいつどこで獲ったか」を証明する仕組みだ。対象となる特定第一種水産動植物は、アワビ、ナマコ、シラスウナギの3種。これらを扱う漁業者、仲買人、加工業者、小売店まで、流通の全段階で記録と保管が義務化された。
三陸沿岸のある漁協では、2024年12月の完全施行直前に混乱が生じた。アワビの水揚げ時、漁業者番号を伝票に記載せず出荷したところ、仲買人が受け取りを拒否する事態になった。鮮度落ちを防ぐため急遽、漁協職員が漁業者に電話確認して番号を追記したが、この日は時化明けで水揚げが集中しており、市場の開始時刻に間に合わなかった。活けで出すはずが締めて出荷せざるを得なくなり、単価が3割下がった。
記録義務の内容は段階によって異なる。漁業者は採捕時に、採捕年月日、場所、数量、漁業の種類を記録する。仲買人や加工業者は、譲受・譲渡の年月日、相手方の氏名または名称、数量を記載した書類を作成し、取引から1年間保管する。小売段階でも産地情報の掲示が求められる。
北海道のナマコ漁では、記録様式の統一が課題になっている。教科書では「水産庁が定める様式に従う」とされるが、実際の現場では漁協ごとに独自の伝票形式があり、それを法令に合わせて修正する作業が発生した。理由は、従来の伝票には「漁業者番号」という概念がなく、氏名だけで管理していたためだ。電算システムの改修には時間と費用がかかり、小規模漁協では手書き対応を続けているところもある。
違反時の罰則は厳しい。無許可で特定第一種水産動植物を採捕した場合、3年以下の懲役または3000万円以下の罰金が科される。記録の未作成や虚偽記載には、100万円以下の罰金が適用される。法人の場合は両罰規定があり、行為者だけでなく法人にも罰金が科される。
現場で最も戸惑っているのが、シラスウナギ漁の零細漁業者だ。高齢化が進む産地では、スマートフォンやタブレットでの電子記録に対応できない漁業者が少なくない。長崎県のある地区では、漁協が代行して記録入力するサービスを始めたが、水揚げの都度漁協に立ち寄る手間が増え、凪の日の効率的な操業に支障が出ている。

何が決まったのか
水産流通適正化法の正式名称は「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」。2020年12月に公布され、段階的に施行された。完全施行は2024年12月1日で、これ以降すべての規定が効力を持つ。
法律の骨格は3つの柱からなる。第一に、特定第一種水産動植物の採捕・流通段階での記録義務。第二に、違法に採捕された水産動植物の流通禁止

。第三に、輸出入時の適法証明の義務化だ。
特定第一種水産動植物として指定されたのは、密漁が多発し国際的な流通管理が求められる3種。アワビ属全種(クロアワビ、エゾアワビ、メガイアワビ、マダカアワビなど)、ナマコ綱全種(マナマコを含む)、ニホンウナギの稚魚であるシラスウナギだ。
水産庁の資料によれば、2022年の密漁検挙件数は1,247件。このうちアワビが412件、ナマコが189件を占める。密漁品が暴力団の資金源になっている実態も明らかになっており、2021年の暴力団関与事案は47件に上った。ただし、この数値は警察が認知した事案のみで、未発覚の密漁を含めれば実態はこれを大きく上回る可能性がある。
記録の具体的な様式は、水産庁が「特定第一種水産動植物に係る採捕及び譲受け等の記録の様式等について」(令和4年11月30日付け4水管第2961号)で示している。紙媒体でも電子媒体でも認められるが、記載事項は厳格に定められている。
採捕者が記録する項目は5つ。採捕年月日、採捕場所(都道府県名および海区または漁場の名称)、採捕数量、採捕した者の氏名または名称、漁業の種類または漁法だ。譲受・譲渡の記録では、取引年月日、相手方の氏名または名称および住所、数量を明記する。
流通事業者には、適法に採捕されたことの確認義務も課される。初回譲受時には、採捕者から採捕記録を確認し、写しを保管する。その後の流通段階でも、前段階の記録を確認しながら自らの記録を作成する連鎖が求められる。
輸出する場合は、農林水産大臣が発行する適法採捕等証明書が必要になる。証明書の申請には、採捕から輸出に至るまでのすべての記録を提出する。審査には通常2〜3週間、書類に不備があれば1か月以上かかることもあり、輸出業者は余裕を持った準備が求められる。

背景と経緯
この法律が生まれた背景には、国際的な違法漁業対策の潮流がある。2010年代以降、IUU(違法・無報告・無規制)漁業への規制強化が世界的に進み、EU、米国、オーストラリアなどが輸入水産物のトレーサビリティ強化に乗り出した。
日本でも密漁の深刻化が問題視されていた。特にアワビとナマコは高値で取引されるため、組織的な密漁の標的になった。海上保安庁の統計では、2018年にアワビの密漁で押収された個数は約8万個、時価にして約1億円に達した。
2018年、長崎県対馬市で大規模なナマコ密漁事件が発覚した。韓国籍の漁船による密漁が繰り返され、地元漁業者の漁場が荒らされる事態になった。この事件をきっかけに、密漁品の流通を遮断する法整備の必要性が国会で議論された。
水産庁は2019年から「水産流通適正化制度検討会」を設置し、法制化に向けた検討を開始した。検討会では、密漁品の流通を防ぐには採捕段階から記録を義務化し、流通全体で追跡可能にする仕組みが不可欠との結論に至った。
2020年6月、法案が国会に提出された。漁業団体からは記録負担への懸念が示されたが、適正な流通を守るためには必要な措置との認識で一致し、同年12月に成立した。
施行は段階的に行われた。2022年12月、まず採捕と譲受・譲渡の届出制度が始まった。この時点では罰則は適用されず、記録様式の周知と事業者への準備期間とされた。2024年12月の完全施行で、記録義務違反への罰則が適用されるようになった。
完全施行までの2年間、水産庁と都道府県は現場への周知に努めた。全国の主要産地で説明会が開催され、延べ1万2,000人以上が参加した。しかし、零細な漁業者への情報伝達には課題が残った。宮城県のある地区では、説明会の開催を知らないまま完全施行を迎えた漁業者が3割近くいたという報告もある。
国際的には、EUが2010年にIUU漁業規則を施行し、輸入水産物に漁獲証明書の添付を義務化した。米国も2016年に水産物輸入監視プログラム(SIMP)を開始し、特定魚種の輸入にトレーサビリティを求めた。日本の水産流通適正化法は、こうした国際的な枠組みに対応する側面もある。
今後のスケジュール
2025年以降、水産庁は制度の運用状況を注視し、必要に応じて見直しを行う方針だ。特に、電子記録システムの普及状況と、零細漁業者の対応状況が焦点になる。
2025年度には、記録システムの標準化に向けた検討が本格化する見込みだ。現状では漁協ごとに異なるシステムを使っており、流通事業者が複数産地から仕入れる際、様式の違いが事務負担になっている。水産庁は、全国共通で使える電子記録プラットフォームの構築を検討している。
シラスウナギについては、特別な措置が議論されている。シラスウナギ漁は冬季の夜間に行われ、漁模様が日々変わるため、リアルタイムでの記録が難しい。静岡県や鹿児島県では、漁協が翌朝に一括して記録を代行入力する仕組みを試験的に導入しており、この方式が全国に広がる可能性がある。
輸出促進の観点からは、適法採捕等証明書の発行手続きの迅速化が課題だ。現在、証明書の発行には申請から2〜3週間かかるが、これを1週間程度に短縮するため、水産庁は審査体制の強化を進めている。2025年4月からは、電子申請システムが稼働し、書類の郵送が不要になる予定だ。
対象種の追加も視野に入る。マグロ類、ウニ、カニなど、密漁リスクが高く国際的な管理が求められる種について、追加指定の検討が始まっている。ただし、対象種を増やせば記録負担も増えるため、現場の意見を聞きながら慎重に判断する方針だ。
罰則の運用では、悪質な違反への厳格な対処と、過失による軽微な違反への柔軟な対応のバランスが問われる。水産庁は、初回違反で悪意がない場合は指導にとどめ、繰り返しや組織的な違反には厳正に対処する方針を示している。
現場の漁業者にとって、まず取り組むべきは記録様式の確認だ。所属する漁協または都道府県の水産課に連絡し、使用する様式と記入方法を確認する。紙の記録で対応するのか、電子システムを使うのかを決め、必要なら漁協の講習会に参加する。アワビ、ナマコ、シラスウナギを扱う限り、記録は法的義務であり、「慣れてから対応する」という選択肢はない。今すぐ、自分の記録体制を整えろ。
この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。
📊 この分野の統計データは「漁業の統計データ」で、グラフとテーブルで一覧できます。
※本記事の情報は公開日時点のものです。最新情報は各公的機関の公式サイトをご確認ください。
※補助金・法規制に関する情報は概要の紹介を目的としており、申請の可否・具体的な条件は管轄機関にお問い合わせください。


