2025年度から漁業用燃油補填制度の発動基準が見直され、補填金の計算方法と加入要件が変更される。原油価格の変動リスクに備えた現場の対応が必要だ。

この変更で現場はどう変わるか

時化続きで出漁日数が減っていた焼津の小型底曳き網船団が、ようやく凪の日に恵まれて沖へ出たところ、燃油代が想定の1.5倍に跳ね上がった。原油相場の急騰を受けて軽油価格がリッター120円を超えていたためだ。船主は「補填金があるから大丈夫」と考えていたが、この月は基準価格を超えたものの発動ラインに届かず、結局自腹で賄うことになった。

こうした誤算が2025年度以降、さらに増える可能性がある。水産庁が公表した漁業用燃油補填制度の改定内容によれば、補填金の発動基準となる価格ラインが見直され、加えて補填率の算定方法も変更されるからだ。制度に頼りきっていた経営体ほど、この変更の影響をまともに受ける。

結論から言えば、これは補助金の問題ではなく、燃油価格変動に対する経営リスク管理の問題だ。補填制度はあくまでセーフティネットであり、経営の前提に組み込むべきものではない。しかし現実には、多くの漁業者が補填金を収支計画の一部として織り込んでいる。この構造が、制度変更時に混乱を生む。

2025年度からの主な変更点は次の通りだ。第一に、発動基準価格の算出方法が過去3年間の平均から過去5年間の加重平均に変わる。これにより、直近の価格高騰が基準値に反映されやすくなり、発動ラインが上がる。第二に、補填率の上限が従来の9割から8割5分に引き下げられる。第三に、制度への加入要件として、省エネ設備導入計画の提出が義務化される。

石巻の定置網漁協では、この変更を受けて2024年11月から全組合員向けの説明会を開催した。参加した船主の多くが「基準が上がるなら、補填されない範囲が広がるのか」と質問した。実際その通りで、発動ラインが上がれば、中程度の価格上昇では補填が受けられなくなる。教科書では「セーフティネットの適正化」とされるが、実際の現場では「実質的な給付削減」として受け止められている。理由は、漁業者の多くが補填金を前提とした資金繰りを組んでいるからだ。

補填率の引き下げも影響は大きい。例えば基準価格がリッター100円、実勢価格が140円の場合、従来は差額40円の9割である36円が補填されたが、新制度では34円に減る。1回の操業で500リットル使う小型巻き網船なら、1回あたり1,000円の差だ。月に12回出漁すれば12,000円、年間では14万円以上の負担増になる。

さらに厳しいのが省エネ設備導入計画の義務化だ。気仙沼の遠洋マグロ船団では、この要件に対応するため2024年度中に全船の燃費測定を実施した。その結果、船齢15年を超える船は、どれだけ操船技術で燃費を改善しても、新造船の8割程度の効率しか出せないことが判明した。省エネ設備を導入するには数百万円の投資が必要だが、船齢が古い船に投資する余力はない。結果として、これらの船は制度から脱落する可能性がある。

境港のカニかご漁船主は「補填が減るなら、操業日数を減らして燃油消費を抑えるしかない」と話す。しかしこれは水揚げ減少に直結する。鮮度落ちを嫌う活けガニの市場では、出漁頻度を下げれば取引先を失う。かといって、燃油高騰時に無理に出漁すれば赤字操業になる。この板挟みが、2025年度以降の標準的な経営環境になる。

漁業燃油補填2025におけるこの変更で現場はどう変わるかの様子

何が決まったのか

水産庁は2024年12月に開催された水産政策審議会で、漁業用燃油補填制度の2025年度改定案を正式決定した。改定の柱は「発動基準の見直し」「補填率の適正化」「加入要件の厳格化」の3点だ。

発動基準の見直しでは、基準価格の算出期間が過去3年から過去5年に延長される。この変更により、直近の価格動向がより強く反映される仕組みになる。具体的には、過去5年間の各年の価格に重み付けをして平均値を出すが、直近年ほど係数が大きくなる。2020年度を係数1.0とすると、2021年度は1.1、2022年度は1.2、2023年度は1.3、2024年度は1.4といった具合だ。

この算出方法の変更は、制度の持続可能性を高める狙いがある。従来の3年平均方式では、急激な価格上昇が起きた場合、基準価格が実態から乖離しやすかった。5年間の加重平均にすることで、中長期的な価格トレンドを反映しつつ、直近の変動も捉える設計になる。ただし水産庁の試算では、この変更により基準価格が従来比で平均7.3%上昇すると見込まれており、発動頻度は減少する。

補填率は従来の最大9割から8割5分に引き下げられる。これは国の財政負担軽減という側面もあるが、水産庁は「過度な補填は燃費改善インセンティブを損なう」との説明を繰り返している。実際、補填率が高すぎると、漁業者が燃費削減努力を怠る「モラルハザード」が発生するという指摘は以前からあった。

加入要件の厳格化では、省エネ設備導入計画の提出が必須になる。計画には、今後3年以内に実施する省エネ対策の具体的内容と、期待される燃費改善率を記載する。対策の例としては、船底清掃の頻度増加、プロペラの高効率型への交換、LED航海灯の導入、航行速度の最適化などが挙げられる。ただし設備投資を伴わない運用改善だけでも計画として認められる。

制度の対象となる燃油は、A重油、軽油、ガソリンの3種類で、従来と変わりない。補填金の支給は四半期ごとに行われ、各四半期の平均価格が基準価格を上回った場合に発動する。支給額は、全国漁業協同組合連合会(全漁連)を通じて各漁協に配分され、そこから個々の漁業者に振り込まれる仕組みだ。

なお制度への加入は任意だが、加入者は燃油購入量の一定割合を積立金として事前に拠出する必要がある。この積立比率も2025年度から見直され、従来の1%から1.2%に引き上げられる。つまり月間10万円分の燃油を購入する漁業者の場合、従来は1,000円だった積立額が1,200円になる。

漁業燃油補填2025における何が決まったのかの様子

背景と経緯

漁業用燃油補填制度が創設されたのは2008年だ。原油価格の高騰により、全国で休漁デモや廃業が相次いだことを受け、緊急的な経営支援策として導入された。当時、A重油価格はリッター100円を超え、一部地域では130円に達していた。漁船漁業の経営コストに占める燃油費の割合は、遠洋漁業で4割、沖合漁業で3割、沿岸漁業でも2割程度に達しており、価格高騰は即座に経営を圧迫した。

制度創設当初は時限措置とされていたが、その後の原油価格の不安定さを背景に延長が繰り返され、事実上の恒久制度となった。2011年の東日本大震災後は被災地の漁業再建を支援する観点からも重視され、2014年には制度の法定化が検討された。最終的に法制化は見送られたが、予算措置として毎年度計上される仕組みが定着した。

しかし制度運用の過程で、いくつかの問題点が浮上した。最大の課題は、補填金が燃費改善努力を阻害しているという指摘だ。会計検査院が2019年に実施した調査では、補填制度加入者と非加入者を比較したところ、加入者の平均燃費改善率が非加入者より2.3ポイント低かった。統計的に有意な差とまでは言えないが、補填金への依存が省エネ投資を遅らせている可能性は否定できない。

もう一つの課題は財政負担の増大だ。水産庁の資料によれば、2022年度の補填金支給総額は約180億円に達した。これは同年度の漁業関係予算全体の約7%に相当する。原油価格が高止まりすれば、今後さらに膨らむ可能性がある。財務省は2023年度予算編成の際、制度の抜本的見直しを強く求めた。

こうした状況を受け、水産庁は2023年6月に「漁業用燃油対策検討会」を設置した。委員には漁業者団体、学識経験者、財務省関係者が名を連ね、計5回の会合を経て2024年3月に報告書をまとめた。報告書では「制度の持続可能性確保」と「省エネインセンティブの強化」を両立させる方向性が示され、それが今回の改定案に反映された形だ。

改定案の検討過程では、漁業者団体から強い反発もあった。全国漁業協同組合連合会は2024年7月、「補填率引き下げは経営を直撃する」とする要望書を水産庁に提出した。特に遠洋・沖合漁業を営む大型船団からは、「省エネ設備導入には億単位の投資が必要で、現状の魚価では回収できない」との声が上がった。

水産庁はこれに対し、省エネ設備導入に対する別途の補助制度を拡充することで対応した。具体的には「もうかる漁業創設支援事業」の中に省エネ型漁船への代船建造支援メニューを新設し、補助率を従来の3分の1から2分の1に引き上げた。ただしこの補助を受けるには、地域の漁業振興計画への位置づけや、協業化・共同化の取り組みが前提となるため、個人経営の小規模漁業者には活用しにくいという指摘もある。

今後のスケジュール

2025年度の制度改定は、2025年4月1日から適用される。ただし経過措置として、2024年度中に制度に加入していた漁業者については、2025年度の1年間に限り、旧基準での補填を選択できる。この措置は激変緩和が目的だが、利用には2025年2月末までに所属漁協を通じて申請が必要だ。

省エネ設備導入計画の提出期限は2025年6月末に設定されている。計画書の様式は水産庁ウェブサイトで2025年1月に公開される予定で、記入例や省エネ対策の事例集も併せて提供される。計画審査は各地方の漁業調整事務所が担当し、7月末までに承認・不承認の通知が行われる。

全国の主要漁協では、2025年1月から3月にかけて組合員向けの説明会を順次開催する。釧路漁協では1月中旬、長崎県漁連では2月上旬、静岡県沿岸漁協は2月下旬にそれぞれ実施予定だ。説明会では制度変更の内容だけでなく、省エネ計画の作成支援も行われる。

補填金の支給スケジュールは従来通り、四半期ごとの精算方式となる。2025年度第1四半期(4〜6月分)の補填金は8月末に支給、第2四半期(7〜9月分)は11月末、第3四半期(10〜12月分)は翌年2月末、第4四半期(1〜3月分)は5月末にそれぞれ振り込まれる。ただし初回の4〜6月分については、省エネ計画の承認を受けていることが支給条件となる。

水産庁は2025年度中に制度の運用状況をモニタリングし、2026年1月に中間評価を実施する予定だ。評価項目には、加入者数の推移、補填金支給額の変化、省エネ設備導入の進捗状況などが含まれる。この評価結果を踏まえ、2026年度以降の制度運用に反映させる方針だが、条件は年度ごとに変わるため水産庁の最新告示を確認するのが前提になる。

なお原油価格の急激な変動など、予見できない事態が発生した場合は、年度途中でも補填率や基準価格の見直しを検討するとしている。過去には2020年のコロナ禍、2022年のウクライナ情勢悪化時に、緊急的な基準変更が行われた実績がある。

銚子の巻き網船団の船頭は「補填制度があるから漁を続けられるという考えは、もう通用しない。燃油が上がっても利益が出る操業体制を、自分たちで作るしかない」と語る。つまり制度に依存する時代は終わり、自力での経営改善が生き残りの条件になったということだ。

この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。

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