2025年、日本の漁業就業者は約12万人と20年前の半数以下に減少。高齢化と担い手不足が深刻化する中、技能実習制度の拡充や省力化技術の導入が進む。

出漁できずに繋留されたままの船

三陸沖のある漁協では、2024年秋の好漁期を目前に控えながら、3隻の巻き網船が港に繋留されたままになった。理由は乗組員の不足だ。船長候補はいるが、網の操作や魚倉管理を担う若手・中堅が揃わない。1隻あたり15人から18人必要なところ、11人しか確保できなかった。結局、時化が明けて凪の日が続いても出漁を見送り、隣県の船団に水揚げ量で大きく差をつけられた。「船はある、魚もいる、でも人がいない」――この現場の悲鳴が、2025年の日本漁業の現実を端的に示している。

数字で見る漁業就業者の減少

水産庁の「令和4年度水産白書」によれば、2022年時点の漁業就業者数は約12万6,000人。1993年の約33万人から約38%に減少した。ピーク時の昭和30年代には60万人を超えていたから、70年間で5分の1以下になった計算になる。さらに深刻なのは年齢構成だ。65歳以上が全体の約42%を占める一方、39歳以下は約13%にすぎない。この数値には沿岸漁業の個人経営者や家族従事者が含まれるため、実際に雇用されて働く乗組員の若年層比率はさらに低い可能性がある。

結論からいえば、これは単なる人手不足の問題ではなく、産業構造そのものの持続性が問われる危機だ。農業分野では2010年代から外国人技能実習生の受け入れが本格化し、稲作や施設園芸で一定の成果を上げてきた。漁業分野でも2019年に特定技能制度が開始され、インドネシアやフィリピンからの受け入れが始まったが、2023年時点で約1,200人と農業分野の約3万6,000人に比べて桁違いに少ない。

外国人材受け入れの現状と課題

2025年4月現在、漁業分野での特定技能外国人の受け入れは年間約1,500人規模まで拡大している。主な受け入れ先は大型遠洋漁船、沖合底曳網、定置網漁業だ。宮城県石巻市のある定置網漁業では、インドネシア人5人を雇用し、網起こしや魚の選別作業を任せている。朝3時からの作業にも慣れ、鮮度落ちを防ぐための迅速な処理技術も習得した。船主は「言葉の壁はあるが、仕事は覚えが早い。むしろ日本人の若手より根気がある」と評価する。

ただし、教科書では「外国人材の受け入れで人手不足解決」とされるが、実際の現場では住居の確保、日本語教育、免許取得支援といった受け入れコストが重くのしかかる。理由は漁村の多くが過疎地域にあり、空き家はあっても水回りや暖房設備が不十分で、改修に100万円単位の費用がかかるからだ。さらに小型船舶操縦士免許や海技士資格の取得には日本語能力が前提となり、試験対策の時間と費用も必要になる。北海道根室市の漁協では、1人あたり年間約180万円の受け入れコストを試算し、零細経営では負担しきれないと判断した事例もある。

省力化技術と自動化への投資

もう一つの対策が、漁労作業の省力化と自動化だ。水産庁は「スマート水産業推進事業」として、GPS連動の自動操舵装置や魚群探知機のAI解析システム、遠隔監視カメラなどの導入を支援している。長崎県五島市の巻き網漁業では、2023年に油圧式網揚げ機を更新し、従来12人必要だった作業を8人で回せるようにした。網を手繰る重労働が減り、腰痛持ちのベテランも継続して働ける環境が整った。

定置網漁業では、ドローンによる網の見回りや水中ロボットによる網の点検が実用化されつつある。岩手県大船渡市の漁協では、2024年秋からドローンを使った網の浮きの確認を開始し、毎朝の見回り時間を約40分短縮した。ただし、導入費用は1台で約150万円。国の補助金を使っても自己負担は50万円を超える。さらに操縦には無人航空機操縦士資格が必要で、講習費用は約20万円かかる。

活魚出荷の現場では、酸素供給装置の自動制御や水温管理システムが普及し始めた。静岡県沼津市の活魚問屋では、センサーで水質をモニタリングし、異常があればスマートフォンに通知が届く仕組みを導入している。夜間の見回り要

日本の漁業就業者数の推移(1993年〜2022年)(出典:水産庁「令和4年度水産白書」)
日本の漁業就業者数の推移(1993年〜2022年)

員を削減できたが、初期投資は約300万円。中小零細の漁業者にとって、この規模の設備投資は簡単ではない。

漁業人手不足対策2025における省力化技術と自動化への投資の様子

若手育成と継承の仕組み

人材確保のもう一つの柱が、新規就業者の育成支援だ。水産庁の「漁業就業支援事業」では、漁業学校や短期研修、OJT研修を組み合わせたプログラムを提供している。2024年度の新規就業者数は約1,800人で、うち39歳以下が約1,100人を占める。内訳を見ると、親元就業が約45%、雇用就業が約35%、新規独立が約20%だ。

鹿児島県枕崎市では、カツオ一本釣り漁業の後継者育成プログラムを2022年から実施している。市と漁協が共同で運営し、2年間で漁法の基礎から船舶免許、経営知識まで学べる。研修期間中は月額15万円の生活支援金が支給され、住居も無償提供される。2024年までに8人が研修を修了し、うち6人が地元の漁船に乗組員として就職した。

しかし、ここにも現実と理想のギャップがある。よく「漁業学校で技術を学べば即戦力」と言われるが、それは沿岸漁業や定置網といった比較的作業が定型化された漁法に限られるという前提が抜けている。遠洋マグロ延縄や大型イカ釣り船のように、数ヶ月にわたる航海で複雑な作業を求められる漁業では、学校での基礎訓練だけでは不十分だ。実際には乗船後2年から3年半かけて一人前になるのが実態で、その間の給与水準も月額20万円前後と決して高くない。

地域ごとの取り組みと差異

漁業就業者の減少と対策は、地域ごとに様相が異なる。北海道の太平洋沿岸では、サケ定置網やホタテ養殖で外国人材の受け入れが進む一方、日本海側の小規模沖合漁業では高齢化が顕著だ。青森県八戸市では、イカ釣り漁業の乗組員不足が深刻化し、2023年の出漁隻数は前年比で約15%減少した。漁模様が良くても船を出せない状況が続いている。

東北の三陸沿岸では、震災後の復興過程で新造船や設備更新が進んだ漁協ほど、若手の定着率が高い傾向がある。宮城県気仙沼市のある遠洋マグロ漁船では、最新の冷凍設備と居住区を備えた船を2021年に導入し、20代の乗組員を3人確保できた。個室にWi-Fi環境を整え、長期航海中も家族と連絡を取りやすくしたことが決め手になった。

西日本では、長崎県や鹿児島県のように漁業が基幹産業である地域ほど、地域ぐるみの支援体制が整っている。長崎県対馬市では、市役所に「漁業担い手支援室」を設置し、新規就業者の住居探しから漁協との橋渡しまでワンストップで対応する。一方、都市近郊の漁村では、土地価格の上昇や生活コストの高さがネックになり、若手の定着が難しい。

賃金・労働条件の改善

人手不足の背景には、漁業の労働条件の厳しさもある。水揚げ高に応じた歩合給が基本のため、不漁時には月収が10万円台に落ち込むこともある。早朝出漁や夜間作業、時化の中での重労働といった身体的負担も大きい。水産庁の調査では、漁業就業者の年間所得は平均約380万円で、全産業平均の約540万円を大きく下回る。ただし、この数値は経営者を含むため、雇用されている乗組員だけを見れば実態より少ない可能性がある。

賃金改善の動きも出ている。高知県室戸市のカツオ一本釣り漁業では、2023年から固定給と歩合給を組み合わせた「ハイブリッド方式」を導入した。月額18万円の固定給に加え、水揚げ高に応じた歩合給を上乗せする仕組みだ。不漁時でも最低限の収入が保証され、若手の応募が前年比で約2倍に増えた。

労働時間の管理も課題だ。陸上の事業所と異なり、漁船では労働基準法の適用除外規定があり、労働時間の上限規制がない。しかし、長時間労働は事故リスクを高め、若手の離職にもつながる。静岡県焼津市の遠洋カツオ漁船では、航海中の勤務シフトを見直し、1日あたりの作業時間を12時間以内に抑える取り組みを始めた。休息時間の確保が安全性向上と定着率改善につながっている。

女性の活躍と多様化

漁業就業者のうち女性は約14%で、多くは沿岸漁業の家族従事者や水産加工業に従事している。しかし近年、船に乗って漁労作業を行う女性も増えつつある。島根県隠岐の島町では、20代の女性がイカ釣り漁船の乗組員として活躍し、地元メディアで紹介された。力仕事

漁業就業者の年齢構成(2022年)(出典:水産庁「令和4年度水産白書」)
漁業就業者の年齢構成(2022年)

は男性に頼る場面もあるが、魚の選別や鮮度管理では細やかな気配りが評価されている。

三重県鳥羽市の海女漁業では、60代以上が大半を占める中、30代の新規参入者が2023年に2人現れた。いずれも県外出身者で、移住支援制度を活用して定住した。海女漁は自分のペースで作業でき、育児との両立もしやすいという。地元漁協では、女性専用の更衣室やシャワー設備を整備し、受け入れ環境を改善している。

漁業人手不足対策2025における女性の活躍と多様化の様子

技術継承の断絶リスク

人手不足がもたらす最大のリスクは、漁労技術の継承断絶だ。魚群の動きを読む勘、網の入れ方、潮目の見極めといった技術は、長年の経験と先輩からの口伝えで培われる。しかし、若手が極端に少ない現場では、ベテランが引退する前に技術を伝える相手がいない。

福井県小浜市の定置網漁業では、70代の網元が「あと5年で引退するが、後を任せられる人材がいない」と嘆く。網の設置位置は潮流や海底地形を熟知していないと決められず、図面やマニュアルだけでは伝えきれない。2024年、漁協は県の水産試験場と連携し、ベテラン漁師の知識をデータベース化するプロジェクトを開始した。潮流データと漁獲記録を突き合わせ、経験知を数値化する試みだ。ただし、完全な形での継承は難しく、一部の技術は失われる可能性が高い。

補助金・支援制度の活用

水産庁は2025年度予算で「漁業人材確保・育成総合対策事業」に約42億円を計上した。新規就業者への研修費支援、漁船のリース方式による独立支援、外国人材の受け入れ体制整備などが含まれる。ただし、条件は年度ごとに変わるため水産庁の最新告示を確認するのが前提になる。

地方自治体独自の支援制度も充実してきた。愛媛県宇和島市では、新規就業者に対して最大200万円の奨励金を支給する制度を2023年に創設した。3年以上定住し、漁業に従事することが条件だ。2024年度は4人が制度を利用し、真鯛養殖やハマチ養殖の現場で働き始めた。

北海道釧路市では、漁業就業希望者向けの「お試し移住」プログラムを実施している。1週間から2週間、実際の漁業現場で作業を体験し、生活環境も確認できる。交通費と宿泊費は市が負担する。2024年は15人が参加し、うち3人が本格的な移住と就業を決めた。

漁協・産地市場の役割

漁協は単なる販売窓口ではなく、人材確保の最前線でもある。新規就業者の受け入れ窓口、研修の調整、住居や漁具の斡旋など、多岐にわたる支援を担う。しかし、漁協自体も職員の高齢化と人手不足に直面している。事務作業のデジタル化や広域合併によって効率化を図るが、現場とのきめ細かな調整には人手が欠かせない。

産地市場では、水揚げの減少と人手不足が同時進行している。競り人の高齢化が進み、後継者がいない市場もある。青森県むつ市の漁港では、2024年に競り人が体調を崩し、競りが一時中断する事態が起きた。隣接市場から応援を得て再開したが、綱渡りの状況が続いている。

情報発信と漁業の魅力向上

若手の関心を引くため、SNSや動画配信を活用した情報発信も盛んになっている。和歌山県すさみ町のカツオ漁師は、YouTubeで漁の様子や日常生活を発信し、チャンネル登録者数は約8,000人に達した。「漁師の仕事はきついけど、やりがいがある。自然相手の面白さを知ってほしい」というメッセージが共感を呼んでいる。

宮崎県日南市では、漁業体験ツアーを年4回開催し、都市部からの参加者を募っている。1泊2日で定置網漁を体験し、獲れた魚を使った料理教室も行う。2024年は延べ約120人が参加し、うち2人が移住と就業を検討している。漁業の現場を知る機会を増やすことが、潜在的な担い手の掘り起こしにつながる。

まとめ

熊本県天草市で40年以上定置網漁業を営むベテラン漁師は、こう語る。「昔は人手なんて心配しなかった。若いのが次々来て、船は溢れるほどあった。今は魚がいても獲れない日がある。機械で何とかなる部分もあるが、最後は人だ。魚を見る目、海を読む勘、そういうのは人から人にしか伝わらない」。つまり、技術革新や外国人材の受け入れは対症療法にすぎず、根本的には漁業そのものの魅力と持続性を高めなければ、人は集まらないということだ。

この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。

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