宮津天橋立の「ととまーと」は、漁業集落の販路構築と担い手確保を同時に実現する仕組みだが、成功のカギは魚種選定と出荷調整にある。
主要データ
- 京都府の沿岸漁業生産量:8,142トン(令和4年漁業・養殖業生産統計、2023年水産庁公表)
- 国内漁業就業者の平均年齢:57.4歳(2023年漁業センサス速報値)
- 京都府の漁業経営体数:1,248経営体(令和5年度京都府水産業の概況)
- 直販施設における平均販売価格の上昇率:市場比1.3〜1.8倍(水産庁「浜の活力再生プラン」事例集より)
漁師町の直販施設で失敗するのは「売れる魚」の見極めミスだ
宮津天橋立の漁師町で水揚げされる魚種を、観光客向けの直販施設「ととまーと」で販売しようとして最初につまずくのは、「売れる魚種」と「獲れる魚種」のずれであり、丹後半島の定置網で水揚げされるサワラやアジは鮮度が命で活け締めしてもわずか2〜3日で商品価値が落ちるのに対し、観光客が求めるのはブリやタイのように知名度が高く、しかもその日に買ってその日に食べやすい調理済み商品であることが多い。
魚の売れ方は、海の状況だけで単純に決まるわけではない。漁獲の時期や量が動けば店頭構成も影響を受けるが、直販施設の成否を左右するのは、そうした変動を前提にしながらも観光客が選びやすい品目へどう置き換えるかという販売設計であり、入荷が不安定な魚を主力に据えると、せっかく水揚げがあっても売場全体の再現性は低くなりやすい。
結論からいえば、漁師町の直販施設で成果を出すには「獲れた魚をそのまま売る」という発想から一歩進み、地元の漁協や漁師と連携しながら観光需要に合う魚種、加工しやすいサイズ、鮮度を保ちやすい出荷体制を組み立てる必要があり、宮津の「ととまーと」が地域の課題解決モデルとして語られるのも、単なる売場ではなく漁師・加工業者・観光事業者をつなぐ運営の仕組みを整えたためといえる。
宮津天橋立「ととまーと」成功に必要な3つの前提条件

「ととまーと」のような漁師町の直販施設を機能させるには、観光資源と漁港インフラ、既存の加工・流通体制という3つの条件がそろっていなければならず、教科書的には「漁業の六次産業化」と一括りにされがちだが、実際には観光客の流れ、漁法の組み合わせ、地元事業者との調整余地が地域ごとに異なるため、この差が立ち上がりの速度だけでなく継続性にも直結する。水産庁「令和4年度水産白書」によれば、漁業・養殖業の6次産業化の取組は全国で約1,200件、販売額は約2,400億円に達しており、直販施設はその中核的な手法として位置づけられている。
観光資源との距離が徒歩圏内であること
天橋立のように年間入込客数が200万人を超える観光地に隣接しているかどうかは直販施設の集客力を大きく左右し、京都府の観光入込客調査(令和4年度版)では天橋立エリアの観光客のうち約37%が「海産物の購入」を旅行目的の1つに挙げている一方、同じ日本海側の城崎温泉エリアは約22%であり、観光地から車で15分以上離れると立ち寄る理由が弱まりやすいため、初回来訪者の取り込みは難しくなる。
定置網・刺し網・小型底曳網の複合漁業地であること
複数の漁法が併存している地域でなければ年間を通じた安定供給は難しく、宮津市では定置網漁業が主体でありながら、冬季にはズワイガニを狙う小型底曳網、春から夏にかけてはサワラやマダイを狙う刺し網が稼働するため、この組み合わせによって季節ごとに売場の主役を入れ替えられ、1年を通じて何らかの「目玉商品」を確保しやすい体制になっている。
単一漁法の漁港では、繁忙期と閑散期の差が大きくなりやすく、売場の人員配置も在庫管理も極端にぶれやすいため、直販施設の運営負荷は想像以上に重くなる。
既存の加工業者・仲買人との調整が済んでいること
直販施設の立ち上げで最も摩擦が生じやすいのは既存の流通業者との利害調整であり、京都府漁業協同組合の管内でも仲買人や加工業者は市場経由の取引で成り立っているため、直販施設が「良い魚」を優先的に確保すると既存ルートへの供給量が減る。宮津では、漁協が主導して「直販用の魚種・サイズ」と「市場出荷用」を事前に振り分けるルールを設定し、価格形成への影響を抑える調整を進めたが、この合意形成に約1年半を要した事例もあり、施設づくりより先に関係づくりが問われる場面が少なくない。
直販施設運営の準備ステップ:施設開業前の9〜12カ月
直販施設の開業準備では、建物や設備の整備よりも販売する魚種の選定と供給ルートの確立に時間がかかり、ハード面は業者主導で進めやすい一方、ソフト面は現場の漁師や仲買人との細かな調整を積み重ねなければ前に進まない。水産庁「漁業センサス(令和5年)」によると、漁業経営体のうち直販・加工販売を実施している経営体の割合は約18%にとどまっており、販路構築のノウハウを持つ経営体はまだ少数派である。
Step 1: 販売魚種と調達ルートの決定(開業9〜12カ月前)
まず、年間を通じて何を売るかのロードマップを作る。宮津の場合、以下のように魚種を季節ごとに配分している。
- 春(4〜6月):サワラ、マダイ、イサキ、アジ
- 夏(7〜9月):アジ、イワシ、スルメイカ、キス
- 秋(10〜11月):サバ、ブリ(わらさ)、甲イカ
- 冬(12〜3月):ズワイガニ、寒ブリ、ハタハタ
ここで重要なのは、季節表に載る魚をすべて主力商品として扱わないことであり、漁模様がぶれやすい魚種まで売上計画の中心に据えると、入荷が途切れた時点で棚割りも接客も崩れるため、直販施設では「安定供給できる魚」を軸にしつつ、変動の大きい魚は入荷時の魅力商品として位置づけるほうが運営の再現性を保ちやすい。
調達ルートは、漁協の競り市場経由と漁師からの直接買い付けの2系統を確保する。前者は量を確保しやすいが価格が市場連動し、後者は価格交渉の余地があるが供給が安定しない。宮津では、定置網漁業者3軒、刺し網漁業者5軒と個別契約を結び、「サイズ外れ」や「市場評価が低いが鮮度は良い魚」を優先的に引き取る仕組みを作った。
Step 2: 加工体制と保管設備の整備(開業6〜9カ月前)
生鮮魚だけでは客単価が上がりにくいため、現場では刺身パック、干物、漬け魚の3種類をそろえるのが基本であり、刺身パックは当日仕入れ・当日加工が原則となる一方、仕込みは早朝3〜5時に集中するため、加工場には-30度の急速冷凍庫と1〜3度の冷蔵庫が最低でも各1台必要になる。
宮津の「ととまーと」では、加工スタッフを漁協のOBと地元の主婦層から採用し、繁忙期には1日あたり5〜8人体制で回しており、包丁技術が必要な刺身加工は経験者が担当し、干物や漬け魚は未経験者でもマニュアル化で対応できるようにしている。ただし、食品衛生法に基づく営業許可(魚介類販売業、飲食店営業)の取得が前提であり、保健所との事前相談に最低1カ月はかかるため、採用や設備導入と並行して許認可準備を進める必要がある。
Step 3: 価格設定と販売計画の策定(開業3〜6カ月前)
直販施設の価格設定で陥りやすいのは「市場価格より安く売る」という発想だが、観光客が支払うのは単純な安さだけではなく、鮮度、産地性、その場で選んで持ち帰る体験でもあるため、水産庁の「浜の活力再生プラン」事例集で直販施設における平均販売価格が市場価格の1.3〜1.8倍とされ、水産庁「令和5年度水産物流通調査」でも産地直販施設における鮮魚の販売単価が卸売市場経由の小売価格と比較して平均1.4倍となっている点は、価格プレミアムが成立しうることを示している。
宮津では、以下の価格構造を採用している。
- 鮮魚(丸のまま):市場価格の1.2〜1.4倍
- 刺身パック:市場価格の1.5〜1.8倍
- 干物・加工品:原価率40〜50%(市場価格の2〜2.5倍相当)
この価格帯でも、鮮度と産地の信頼性が伝われば購入に結びつきやすく、一方でブリ1尾丸ごと(3〜4kg)を5,000〜6,000円で売るより、半身の刺身パック(500〜600g)を1,800〜2,200円で売るほうが、観光客にとって持ち帰りやすく調理の手間も少ないため、客単価と回転率の両面で有利になりやすい。
運営フェーズでの実務:毎日の仕入れと販売調整
直販施設の運営で最も難しいのは、その日の漁獲量とその日の客数を合わせ込むことであり、時化で漁が休みになれば仕入れはゼロになり、逆に大漁でも来店が弱ければ大量廃棄のリスクが高まるため、現場の実務は単なる仕入れ作業ではなく、数量管理と鮮度管理を同時に回す判断業務の連続になる。
Step 4: 毎朝の仕入れ判断(営業開始前3〜5時)
宮津の「ととまーと」では、朝3時に漁協の競り市場で当日の水揚げ状況を確認し、仕入れ量を決定する。定置網が凪で操業できた日はアジやサバが100〜200kg単位で水揚げされるが、時化で休漁になると仕入れはゼロになるため、この変動に備えて仕入れの優先順位をあらかじめ決めておくことが欠かせない。
- 前日に予約注文が入っている魚種を最優先で確保
- 刺身パックに加工できる高鮮度の魚(活け締め済み)を次に確保
- 干物や漬け魚に回せる「鮮度は良いが見た目が悪い魚」を最後に確保
仕入れ担当者の判断基準は最終的には「目利き」だが、現場では「エラの色」と「目の透明度」を重視しており、エラが鮮やかな赤色で目が澄んでいれば水揚げから3〜4時間以内と見なしやすい一方、エラがくすんだ茶色で目が白濁していれば刺身には回せないため、この短時間の見極めがその日の粗利を左右する。
Step 5: 加工作業の割り振りと品質管理(営業開始前5〜8時)
仕入れた魚は、鮮度を保つため即座に冷蔵庫へ入れたうえで加工の優先順位をつけ、刺身パックは鮮度落ちが早いため朝5〜7時の間に仕込みを終える一方、干物や漬け魚は加工後に冷蔵・冷凍保存ができるので午前中いっぱいかけて作業する、という流れで回していく。
宮津では、刺身パックの賞味期限を「加工日当日」に設定し、売れ残りは翌日に漬け魚や煮魚へ加工し直すことで、廃棄率を5%以下に抑えている。ただし、二次加工に回せるのは鮮度が一定以上保たれている場合に限られ、夏場(7〜9月)は気温が高く鮮度落ちが早いため、冬場と同じ感覚で仕入れると歩留まりが急に悪化しやすく、仕入れ量は冬場の7〜8割に抑える運用が必要になる。
Step 6: 販売時の接客と追加販売(営業時間中)
観光客向けの直販施設では、魚そのものの品質だけでなく「どう食べるか」の説明が売上を左右し、サワラの刺身パックを手にした客へ「このサワラは脂が乗っているので、軽く炙ってカルパッチョにすると美味しい」と具体的に伝えると購入率が上がりやすいため、宮津では販売スタッフ全員に「魚種ごとのおすすめ調理法カード」を配布し、接客時に参照させている。
また、「今日のおすすめ」を店頭に掲示することで、仕入れ過多になった魚種を優先的に動かす。例えば、定置網でアジが大量に水揚げされた日は「本日のアジは脂が乗っています!刺身でもフライでも絶品です」とPOPを出し、価格を通常より1〜2割安く設定することで販売速度を上げており、このような動的な価格調整は、鮮度を落とさず売り切るための現場対応として機能している。
よくある失敗と現場での対処法
直販施設の運営は理論通りに進まない場面が多く、特に仕入れと販売のバランス調整、スタッフの技術レベル、観光客の期待値管理の3点でつまずきやすいため、事前計画だけでなく、失敗したときにどの工程を修正するかまで含めて運営ルールを設計しておくことが重要になる。
失敗例1: 大漁時の在庫過多と廃棄ロス
ある年の秋、宮津の定置網でサバが1日に500kg以上水揚げされた。直販施設では「新鮮なサバ」として大量に仕入れたが、観光客の購入量は想定の半分以下で、結局200kg以上が売れ残った。冷凍保存にも限界があり、最終的に50kg以上を廃棄する事態になった。
この失敗の原因は、大量に獲れた魚をそのまま大量に仕入れる発想にあり、数量があることと売り切れることを同一視した点にあるため、対処法としては大漁時こそ生鮮向けの仕入れ量を抑え、その代わりに「干物」や「味噌漬け」など保存加工品へ回す割合を高める必要がある。宮津では、大漁時には仕入れ量の6〜7割を加工品に振り分けるルールを設定し、廃棄率を大幅に低減させた。
失敗例2: 加工スタッフの技術不足による品質バラつき
刺身パックの盛り付けや切り方が、スタッフによってばらつくことがある。特に未経験者を短期間で戦力化しようとすると、魚の切り方が不揃いになって商品としての見栄えが落ちやすく、観光客は「プロの仕事」を期待しているため、素人感が出ると購入意欲は下がりやすい。
対処法としては、加工作業を「熟練者向け」と「初心者向け」に分け、刺身の切り出しや盛り付けは経験者が担当し、パックへの詰め込みやラベル貼りは初心者が担当するよう役割を整理することで、品質のばらつきと教育負荷を同時に抑えられる。宮津では、加工作業のマニュアルを写真付きで作成し、各工程の「合格基準」を明示することで、仕上がりの差を小さくしている。
失敗例3: 観光客の「地魚」イメージとのギャップ
観光客は「地元でしか獲れない魚」を期待して訪れるが、実際に並んでいるのがアジやサバのような全国で見かける魚ばかりだと、期待との落差からがっかりして帰ることがある。特に夏場はスルメイカやキスなどポピュラーな魚種が中心になりやすく、「わざわざここで買う理由」が伝わりにくい。
この問題は、「地魚」という言葉の受け止め方と観光客の期待値のずれから生じるため、対処法としては「この時期にこの海域で獲れる魚」という説明を前面に出し、魚種そのものではなく漁場や漁法、当日の水揚げという文脈で価値を伝えることが欠かせない。例えば「天橋立の定置網で今朝獲れたアジ」と表現すれば、同じアジでも体験価値は変わり、宮津では各魚種に「漁法」「漁師の名前」「おすすめ調理法」を記載したPOPを添えて差別化を図っている。
安全上の注意点:食品衛生と労働安全
直販施設では、食品衛生法と労働安全衛生法の両面で厳格な管理が求められ、特に生鮮魚介類を扱う以上は食中毒リスクの管理が最優先となるため、売上づくりを急ぐ前に事故や違反を起こさない運営基盤を整えておく必要がある。
食品衛生管理:HACCPに基づく温度管理と記録
2021年6月から、すべての食品事業者にHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が義務化され、直販施設でも仕入れから販売までの各工程で温度管理と記録が必要になるため、宮津の「ととまーと」では、以下の管理を実施している。
- 仕入れ時:魚の中心温度を測定し、10度以下であることを確認
- 加工時:作業場の室温を15度以下に保ち、30分ごとに記録
- 保管時:冷蔵庫の温度を1〜3度に設定し、1時間ごとに自動記録
- 販売時:陳列ケースの温度を5度以下に保ち、2時間ごとに目視確認
これらの記録は保健所の立入検査時に提出を求められ、記録漏れがあると最悪の場合は営業停止命令に至る可能性もあるため、現場では温度計とチェックシートを各工程に配置し、担当者だけに任せずスタッフ全員が記録を習慣化する体制を組んでおかなければならない。
労働安全管理:包丁・機械作業時の事故防止
刺身加工では包丁を長時間使うため指の切創事故が起こりやすく、特に慣れていないスタッフが急いで作業すると事故率が上がりやすいことから、宮津では以下の対策を実施している。
- 防刃手袋の着用義務化(特に初心者は必須)
- まな板の滑り止めマット設置
- 包丁の刃渡りを作業内容に応じて使い分け(刺身用は21〜24cm、三枚おろし用は27〜30cm)
- 1時間ごとの小休憩(疲労による集中力低下を防ぐ)
また、スライサーやフードプロセッサーなどの機械を使う場合は指の巻き込み事故が起こりやすいため、機械の電源は使用時以外は必ず切り、清掃時も刃が完全に停止してから作業することを徹底する必要があり、忙しい時間帯ほど手順の省略を防ぐ管理が求められる。
次にやるべきこと:最初の3カ月で固めるべき運営ルール
直販施設を立ち上げた後は、最初の3カ月で「売れる魚種」「適正な仕入れ量」「スタッフの役割分担」を仮決めし、日々の試行錯誤を数値として蓄積することで、勘に頼りすぎない運営へ移行していくことが重要になる。
まず、毎日の販売データを記録する。魚種ごとの「仕入れ量」「販売量」「廃棄量」「売上金額」を表にまとめ、1週間ごとに傾向を分析すれば、「土日はブリの刺身パックが売れるが、平日は売れ残る」といったパターンが見えやすくなり、平日の仕入れ量を減らして干物や漬け魚の比率を上げるなど、売場の組み替えを根拠を持って進められる。
次に、スタッフごとの得意分野を見極め、刺身加工が得意な人、接客が得意な人、価格交渉が得意な人という形で役割を明確に分けると、教育コストを抑えながら現場の再現性を高めやすい。宮津では、最初の1カ月はすべてのスタッフに全工程を経験させ、その後に適性を見て配置を固定した。この結果、作業効率が約30%向上した。
最後に、漁協や漁師との関係強化にも時間を割く。直販施設が「良い魚を優先的に回してもらえる」関係を築くには、日々の信頼の積み重ねが欠かせず、支払いを確実に行う、売れ残りを漁師に押し付けない、仕入れた魚の評価をフィードバックするといった基本動作を徹底する必要があるため、宮津では月に1回、漁師と仲買人を招いた意見交換会を開催し、仕入れと販売の課題を共有している。
まずは、今月中に「販売データ記録シート」を作成し、毎日の仕入れと販売の記録を始めたい。3カ月後には、どの魚種をどの時期にどれだけ仕入れるべきかという運営の型が、かなり具体的に見えてくる。
この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。
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