森林の駅もみじ谷大吊橋は集客力のある観光資源だが、周辺森林の管理と一体化して林業振興に活かせている事例は少なく、搬出路整備と森林ツーリズムの両立がカギだ。
主要データ
- 国内森林・林業体験施設数:2,847施設(林野庁「森林・林業白書」令和5年度版)
- 森林空間利用者数:年間延べ1億2,300万人(林野庁2024年調査、レクリエーション目的含む)
- 観光目的の森林利用による地域経済効果:1施設あたり年間約3,200万円(林野庁試算、栃木県内事例平均)
- 林業経営と観光利用を両立する森林管理地:全国で約18万ha(令和4年森林・林業統計、多目的森林として)
観光資源と林業現場の境界で起きる失敗
もみじ谷大吊橋のような観光施設に隣接する森林で間伐作業を始めたところ、観光客からのクレームが殺到した事例があり、栃木県那須塩原市では吊橋から見える斜面で倒木が発生して景観を損ねたことが理由とされたが、現場の林業事業体は通常通り作業したつもりでも、観光シーズンと重なったうえ搬出路が観光動線と交差していたため、受け手の印象は大きく異なっていた。
この種の失敗は、吉野や天竜といった観光地化した林業地域で繰り返されており、森林管理者は林業の生産性を優先する一方で観光関係者は景観保全を求めるため、双方が情報共有しないまま作業を進めると、単なる苦情対応では収まらず作業停止命令や補償問題に発展するケースも見られる。
別の失敗例としては、観光客向けの遊歩道整備を優先したために作業道がつながらず、搬出コストが跳ね上がった現場がある。秋田県の某森林組合では、吊橋周辺の景観維持を理由に迂回ルートを強いられ、1立方メートルあたりの搬出コストが通常の1.4倍に膨らんだため、観光利用と林業経営の両立は地拵えの段階から計画しなければ後戻りしにくいことが見て取れる。
失敗の根本原因は「ゾーニング不在」と「工程の非公開」
観光資源と林業現場が衝突する原因は、森林内のゾーニング(用途区分)が曖昧なまま作業が始まることにあり、林野庁の「森林経営管理制度」では市町村が経営管理権を設定できるものの、観光利用との調整までは義務化されていないため、森林所有者と観光事業者が別々に動き、現場で初めて利害が衝突する構図になりやすい。
もう一つの原因は、林業作業の工程が地域住民や観光関係者に見えていないことだ。伐採開始時期、搬出ルート、地拵えの期間といった情報が共有されないため、「いつの間にか木が切られている」という印象を与え、信頼を損なうのみならず作業中の安全確保にも影響し、観光客が作業現場に立ち入るリスクまで高めてしまう。
さらに、教科書的な森林管理計画は平地や単一所有地を前提にしているが、もみじ谷大吊橋のような観光施設周辺では複数の所有者が入り組み、観光動線と作業道が交錯するため、標準的な施業計画をそのまま適用できない。実際には、地元自治体・観光協会・森林組合・個人林家が四者協議を行って工程表を共有する仕組みが不可欠であり、そこまで手が回っている現場は少ないのが実情となっている。
Step 1: 観光動線と林業作業エリアの重ね合わせ図を作る
最初に行うのは、観光客の動線と林業作業予定地を一枚の地図に落とし込むことであり、国土地理院の電子国土基本図をベースに、吊橋・遊歩道・駐車場・展望台といった観光施設をプロットし、その上に間伐予定地・搬出路・土場(原木の集積場)・地拵え範囲を色分けして重ね合わせる。
この作業で重要なのは視認範囲を考慮することであり、吊橋の上から見える斜面や遊歩道から50メートル以内のエリアは「景観保全ゾーン」として別扱いにする必要があるため、ここでは皆伐を避け、列状間伐や単木選伐で景観への影響を最小化し、搬出も小型林内作業車(例:諸岡のモロオカMST-1500)を使って大型車両の通行を避ける。
実務上、GISソフト(QGISなど)を使える森林組合は限られているが、その場合でも紙の地形図に透明シートを重ねて手書きで区分する方法で十分に対応できる。肝心なのは、関係者全員が同じ地図を見ながら議論できる状態を作ることであり、その共有基盤が後の工程調整の精度を左右する。
Step 2: 観光シーズンと作業時期のカレンダー調整
次に、観光客の来訪ピークと林業作業の繁閑期を年間カレンダーに落とし込む。もみじ谷大吊橋の場合、紅葉シーズンの10月中旬から11月上旬が最繁期であるため、この期間は伐採・搬出を避け、下刈りや枝打ちといった低騒音・低リスク作業に限定する。
逆に、1月から3月の積雪・凍結期は観光客が減る一方で林業側にとっては地面が固まり重機が入りやすく、年間工程の中でも作業を集約しやすい時期であるため、観光優先期間を外して搬出量を確保したい現場では、この時期を軸に計画を組み立てる考え方が現実的であり、猛暑期や多湿期のような作業負荷の高い時期と無理に競合させない調整が求められる。
カレンダー調整では、地元の祭りやイベントも確認する。吊橋周辺でライトアップイベントがあれば、その前後1週間は作業を控えるべきであり、このような調整を怠ると地域の観光収入が増えるタイミングで林業作業が景観を損ね、双方に不利益が生じる。
Step 3: 搬出路の共用と分離の判断基準
観光動線と搬出路が交差する場合は、共用するか分離するかを決める。共用のメリットは建設コストの削減だが、安全管理と通行調整の手間がかかる一方で、分離すれば安全性は高まるものの、新たに作業道を開設するコストと環境負荷が増す。
判断基準は、日あたりの観光客数と原木搬出量の比率であり、観光客が1日200人以上で原木搬出が週2回以上なら分離を選び、それ以下なら時間帯で区切って共用するという整理になるが、共用を選ぶ場合でも観光客がいる時間帯(9時〜16時)は搬出作業を停止し、早朝または夕方に集中させる運用まで含めて設計しなければ機能しない。
北海道の某森林組合では、観光シーズン中は作業道を完全封鎖し、オフシーズンに一気に搬出する方式を採っている。年間の搬出工程が偏るデメリットはあるが、観光客との接触事故を完全に回避でき、栃木県内でも同様の事例があり、もみじ谷大吊橋周辺では12月〜2月に搬出を集中させている森林所有者がいる。
Step 4: 景観保全ゾーンでの伐採・搬出技術
景観保全ゾーンでは、伐採方法を通常の皆伐から列状間伐または定性間伐に切り替える。列状間伐は一定幅で帯状に伐採するため遠目には森林が残っているように見え、定性間伐は不良木や被圧木を選んで抜き切りするため、景観への影響をより小さく抑えられる。
伐倒方向も重要であり、吊橋側に倒すと視界に入るため反対斜面側に倒すのが基本だが、傾斜が急な場合は反対側に倒すと搬出が困難になるため、このジレンマを解決するには架線集材または小型タワーヤーダを使う。スイングヤーダ(例:南星機械のNSY-3)なら、伐倒方向に関係なく原木を引き上げられる。
搬出時の騒音対策としては、エンジン音の小さい電動ウインチや小型林内作業車を選ぶ必要があり、吉野林業では古くから馬搬(馬による木材搬出)が行われてきたものの、現代では現実的ではないため、代わりにキャタピラ式の小型フォワーダ(コマツのPC09など)を選ぶことで、静音性と機動性の両立を図りやすくなる。
Step 5: 地域住民・観光事業者への事前説明と工程公開
作業開始の最低1か月前に、地域住民と観光関係者向けの説明会を開く。ここで提示するのは、作業エリア図・工程表・搬出ルート・安全対策の4点であり、特に工程表は週単位で具体的に示し、「3月中旬に間伐」ではなく「3月15日〜21日、午前7時〜9時と午後4時〜6時に搬出作業」と明記する。
説明会では質疑応答の時間を十分に取り、観光事業者からは「紅葉シーズンに影響はないか」、地域住民からは「騒音や粉塵はどの程度か」といった質問が出るため、これに対しては具体的な数値(騒音レベル80デシベル以下、粉塵は散水で抑制)と対策(防音シート設置、週1回の清掃)を示す必要があり、抽象的な説明で済ませると後の不信感につながりやすい。
工程の公開は、ウェブサイトや掲示板だけでなく現地看板でも行う。吊橋入口や駐車場に「本日の作業エリア」を示す地図を掲示し、立入禁止区域を明示することで、観光客の安全を守ると同時に作業への理解も促しやすくなる。
前提条件: 所有権と経営管理権の整理
観光資源周辺の森林は、所有者が複数に分かれているケースが多い。もみじ谷大吊橋周辺でも、個人林家・自治体・観光会社が入り組んで所有しているため、林業作業を円滑に進めるには、まず所有権と境界を確定する必要がある。
森林経営管理法に基づき、市町村が経営管理権を設定できる仕組みがあるが、2024年度時点で全国の森林面積のうち経営管理権が設定されたのは約78万ヘクタール(林野庁公表値)に過ぎない。観光地周辺では所有者の関心が観光収入に向きやすく、林業経営への意欲が低いことが背景にあり、令和5年3月末時点で経営管理権集積計画が策定された森林面積は累計約18.8万ヘクタールに達しているものの、全国の私有林面積(約1,440万ヘクタール)と比較すると依然として1.3%程度にとどまっている。
このため、森林組合や林業事業体は「観光と林業の両立による収益向上」を具体的な数字で示す必要があり、例えば間伐による木材販売収入と整備された森林の景観向上による観光客増加分を合算して年間収支を試算すると、所有者にとって判断材料が明確になる。栃木県の事例では、適切な間伐を行った森林周辺の観光施設で来訪者が約15%増加し、間伐収入と合わせて所有者の収益が1.3倍になった例がある。
必要な道具と機材の選定基準
観光資源周辺での林業作業では、通常の現場とは異なる道具選定が求められる。まず、低騒音・低振動の機材を優先し、チェーンソーならスチールMS261やハスクバーナ545といったプロ用軽量モデルを選び、騒音レベルは100デシベルを超えないものが望ましい。
搬出用機械は、小型で小回りが利くものを選ぶ。大型のスキッダやフォワーダは作業道の拡幅が必要で景観への影響が大きいが、諸岡のモロオカMST-1500やキャタピラ式の小型林内作業車なら、幅1.8メートル程度の作業道で運用できる。
架線集材を行う場合は、タワーヤーダの設置場所が観光動線から見えないよう配慮したい。南星機械のNSY-3やIHI製の小型タワーヤーダなら、搬出距離200メートル程度まで対応でき、設置場所の自由度も高い。
安全装備として、作業エリア境界には高さ1.5メートル以上のネットフェンスを設置する必要があり、観光客が誤って立ち入らないよう、50メートルごとに「作業中・立入禁止」の看板を設置し、看板は日本語・英語・中国語・韓国語の4か国語表記が望ましいという点まで含めて準備しておきたい。
プロと初心者で差が出る「景観保全と生産性の両立点」
経験の浅い林業事業体は、景観保全と生産性をトレードオフと考えがちであり、「景観を守るなら収益が下がる」という発想に寄りやすいが、熟練者は景観保全ゾーンと通常施業エリアの役割分担を前提に、両者の最適バランス点を見つける技術を持っている。
結論からいえば、景観保全ゾーンでの伐採量を全体の2〜3割に抑え、残り7〜8割を通常施業エリアで効率的に搬出すれば、全体の生産性は5〜10%程度しか落ちない。これは天竜地域の林業家が実践している手法であり、観光客の目に触れる範囲を限定的に保全しつつ、奥地で集中的に搬出する考え方だ。
もう一つの差は、搬出タイミングの見極めにあり、初心者は「早く終わらせたい」という心理から観光シーズン中にも作業を続けようとするが、プロは年間工程を俯瞰し、オフシーズンに搬出を集中させるため、その分だけ冬季の作業効率を上げる技術、たとえば凍結路面での重機操作や積雪時の伐倒方向制御を磨いている。
さらに、プロは地元の観光関係者との信頼関係を築く。定期的に工程を報告し、トラブルが起きたときの連絡先を共有しておくことで、万が一作業が観光客に影響を与えた場合でも迅速に対処できる体制を整えている。
現場での判断基準: 作業を中断すべき3つのサイン
観光資源周辺での林業作業では、通常の現場以上に柔軟な判断が求められる。作業を一時中断すべきサインは以下の3つであり、いずれも安全と信頼の維持に直結する。
第一に、観光客が作業エリア境界に近づいている場合であり、フェンスや看板を設置していても好奇心から近づく観光客はいるため、50メートル以内に観光客がいる状態で伐倒や搬出を続けるのは危険であることから、作業を止めて誘導員が安全な場所に案内する必要がある。
第二に、天候の急変だ。特に吊橋周辺は谷地形のため風が強まりやすく、伐倒木が予想外の方向に倒れるリスクがあるため、風速が10メートル毎秒を超えたら作業を中断する。
第三に、地域イベントや緊急時であり、吊橋周辺で予定外のイベントが入った場合、または救急車両が通行する必要が生じた場合は即座に搬出作業を停止しなければならないため、森林組合と地元自治体・観光協会との連絡体制を常に維持し、携帯電話の電波が届かない山間部では無線機を配備する。
多目的森林としての経営戦略: 観光収入と木材販売の複合化
もみじ谷大吊橋のような観光資源を活かすには、森林を単なる木材生産の場ではなく多目的に利用する視点が欠かせず、林野庁の統計では森林空間を観光・レクリエーションに活用している面積は全国で約18万ヘクタール(令和4年度)に達する。このうち林業経営と両立している事例は限られているが、成功例では木材販売収入に加えて観光関連収入が得られており、林野庁「森林・林業白書(令和5年度版)」によれば、森林の保健・レクリエーション機能の経済的評価額は年間約2兆2,546億円(令和4年度)に達している。
具体的には、間伐材を使った木工体験施設の併設、森林セラピーロードの整備、キャンプ場やトレイルランニングコースの設置といった手法がある。栃木県内では、吊橋周辺の森林で間伐体験ツアーを実施し、参加者に間伐材の薪を持ち帰ってもらうプログラムが好評で、参加費は1人3,000円、年間500人が参加すれば150万円の収入になる。
ただし、観光利用を優先しすぎると林業の生産性が落ちる。教科書では「多目的森林は収益性が高い」とされるが、実際の現場では観光対応の人件費や施設維持費が膨らみ、木材販売収入が相殺されることもあるため、このバランスを取るには観光関連業務を地元のNPOや観光協会に委託し、森林組合は林業経営に専念する分業体制が有効となる。
森林ツーリズムと林業作業の工程統合表
観光と林業を両立させるには、年間工程表を一元化し、双方の関係者が常に参照できる状態にする。以下は工程統合の一例であり、季節ごとの優先順位を明確にすることが重要だ。
1月〜3月: 観光オフシーズン、間伐・搬出作業を集中実施。積雪・凍結により地面が固まり重機が入りやすいが、栃木県北部では積雪が1メートルを超える年もあるため、その場合は作業を2月下旬以降にシフトする。
4月〜5月: 観光客が増え始める時期であり、大規模な伐採・搬出は避け、下刈りや枝打ちといった低リスク作業に限定する。ゴールデンウィーク期間中は作業を完全停止する運用が望ましい。
6月〜7月: 梅雨期で観光客は減るが、湿度が高く機械トラブルが起きやすいため、この時期は大規模な搬出を無理に進めるよりも、作業道の補修や地拵えに充てた方が全体工程を安定させやすく、観光側との摩擦も比較的小さく抑えられる。
8月: 夏季休暇で観光客が増加するため、伐採・搬出は早朝のみに限定し、日中は作業を避ける。高温日は、熱中症リスクが高く作業効率も落ちる。
9月〜11月: 紅葉シーズンで観光客がピークに達する。この期間は観光優先とし、林業作業は最小限に抑える一方で、台風や強風による倒木処理は緊急対応として実施する。
12月: 観光客が減少し、年末年始前に搬出作業を再開する。年明けの木材市場に出荷するため、11月下旬から準備を進める流れとなる。
地域の合意形成プロセス: 四者協議の実践例
観光資源周辺の森林管理では、森林所有者・森林組合・自治体・観光事業者の四者が定期的に協議する仕組みが不可欠であり、栃木県那須塩原市では、もみじ谷大吊橋周辺の森林管理に関する協議会を年4回開催している。
協議会では、年間の伐採計画・搬出ルート・観光イベント日程を共有する。特に重要なのは、森林組合が提示する伐採計画に対し観光事業者が「この時期は避けてほしい」と要望を出せる場を作ることであり、逆に観光事業者が新規イベントを企画する際には、森林組合が「その時期は搬出作業が入る」と事前に調整できる。
協議会の運営主体は自治体が担うことが多いが、実務的な調整は森林組合が行う。会議資料の作成、工程表の更新、地図の作成といった作業は森林組合の担当者が事前に準備するため、会議は意思決定の場となり、長時間の議論を避けやすくなる。
協議会の成果として、那須塩原市では観光客数が年間約18万人(令和5年度)に達し、そのうち約2割が森林散策を目的に訪れている。一方、周辺森林からの木材搬出量は年間約1,200立方メートルを維持しており、観光と林業の両立が実現している。
搬出コストと観光収益のバランスシート
観光資源周辺での林業経営では、搬出コストの増加をどこまで許容するかが経営判断の分かれ目になる。通常の林業現場では、1立方メートルあたりの搬出コストは5,000〜7,000円程度だが、観光地周辺では迂回ルートや小型機械の使用により8,000〜10,000円に上昇する。
このコスト増を補うには、観光収入との相殺が必要であり、例えば森林散策ツアーの参加費収入、間伐材を使った木工製品の販売、キャンプ場使用料といった副収入を組み合わせることで、林業単体では吸収しにくい増分を埋めやすくなる。栃木県内の事例では、吊橋周辺の森林で年間約500万円の観光関連収入があり、搬出コスト増分(約200万円)を十分にカバーしている。
ただし、この収益構造は観光客数に依存するため、天候不順や経済不況の影響を受けやすい。リスク分散のため、木材販売収入を主軸に置き、観光収入は補完的な位置づけにする経営戦略が安全であり、観光収入が途絶えても木材販売で最低限の収支が成り立つ体制を維持したい。
景観保全技術としての択伐と複層林施業
観光資源周辺の森林では、皆伐を避け、択伐や複層林施業を採用することが多い。択伐は成熟木や不良木を選んで伐採する方法で森林全体の外観を大きく変えず、複層林施業は異なる樹齢の木を混在させることで、常に緑が保たれる状態を作る。
択伐のポイントは、1回の伐採率を全体の20〜30%に抑えることであり、これにより遠目には森林が残っているように見えて景観への影響が少ない一方、択伐は皆伐に比べて手間がかかるため、伐採する木を一本一本選定し、周囲の木を傷つけないよう伐倒方向を慎重に決める必要がある。
複層林施業では、上木(高木層)と下木(低木層)を同時に管理し、上木を間伐して光を入れながら下木の成長を促すことで、常に複数の樹齢層が存在する森林の連続性を保つ。吉野林業では伝統的に複層林施業が行われており、観光地としての景観と木材生産を両立してきたほか、林野庁「森林資源の現況(令和4年3月31日現在)」では人工林の齢級構成のうち51年生以上が約51%を占めているため、成熟した森林資源の計画的な利用と更新が求められる時期に入っている。
観光資源周辺では、この成熟林を択伐や複層林施業で段階的に更新することで景観を保ちながら持続的な木材生産が可能になるが、複層林施業は光環境の管理、樹種の選定、間伐のタイミングなど経験に基づく判断が多く、高度な技術を要する。初心者がいきなり複層林施業を行うのは難しいため、まずは列状間伐や帯状伐採で経験を積むのが現実的といえる。
安全管理と損害賠償リスクへの備え
観光資源周辺での林業作業では、観光客との接触事故や観光施設への損害が発生するリスクが高いため、通常の林業現場以上に厳格な安全管理が求められる。
まず、作業エリアの境界を明確にし、立入禁止措置を徹底する。フェンス、ロープ、看板を設置し、50メートルごとに警告表示を行うだけでなく、作業中は誘導員を配置して、観光客が近づいた場合は即座に作業を中断する体制を取る。
次に、万が一の事故に備えて損害賠償保険に加入する必要があり、森林組合や林業事業体は林業労働災害防止協会が提供する保険に加入しているケースが多いものの、観光客への損害をカバーする特約が必要であるため、保険料は年間約50万円程度で1億円までの賠償をカバーできるという条件を事前に確認しておきたい。
さらに、事故が発生した場合の連絡体制を整備する。森林組合の責任者、自治体の担当課、観光施設の管理者、警察・消防の連絡先をリスト化して全作業員に配布し、現場に救急箱とAEDを常備したうえで、最寄りの病院までのルートを確認しておく。
木材販売と観光利用の相乗効果を生む広報戦略
観光資源周辺の森林管理では、林業活動そのものを観光コンテンツ化することで双方の価値を高めることができ、例えば間伐作業を「森林保全体験ツアー」として観光客に公開し、参加費を徴収する方法がある。参加者は実際にノコギリやナタを使って間伐を体験し、間伐の意義を学ぶ。
このような取り組みは、林業への理解を深めるだけでなく地域の木材ブランド化にもつながる。「もみじ谷の森から切り出された木材」として付加価値を付ければ高値で販売できる可能性があり、実際に天竜地域や吉野地域では、地名をブランドにした木材販売が成功している。
広報戦略としては、SNSやウェブサイトで作業の様子を定期的に発信する方法があり、伐採前後の写真、搬出作業の動画、木材の用途紹介などをコンテンツ化することで、観光客だけでなく木材の購入者や建築業者にもアピールでき、現場への理解を広げる導線にもなっていく。
ただし、広報活動に手間をかけすぎると本業の林業経営に支障が出るため、広報担当者を専任で置くか、地元のNPOやデザイン会社に委託するのが現実的だ。費用は年間約100万円程度で、ウェブサイト制作・SNS運用・パンフレット作成が可能となっている。
次に起こす行動: 地元関係者への初回接触と現地踏査
もみじ谷大吊橋のような観光資源周辺で林業を始める場合、最初にすべきは地元の自治体・観光協会・森林組合への接触であり、まず自治体の林務課または観光課に連絡して森林管理と観光利用の現状を聞き、次に森林組合に相談して過去の施業実績や所有者情報を確認する。
その上で、現地を実際に歩く。吊橋を渡り、遊歩道を歩き、観光客の動線と視線を体感しながら、どの斜面が見えやすいか、どのエリアが騒音に敏感か、どこに作業道を通せるかを自分の目で確認することで、地形図だけでは分からない情報を把握できる。
現地踏査では、既存の作業道や林道の状態もチェックする。路面の状態、幅員、勾配、カーブの曲率などを記録し、どの程度の機械が入れるかを判断するとともに、土場の候補地を複数選定して搬出ルートの選択肢を増やす。
これらの準備を経て、初めて具体的な施業計画を立てることになるが、計画段階で関係者と十分に調整すれば作業開始後のトラブルは大幅に減る一方、準備不足のまま作業を始めると後から問題が噴出して作業停止や補償問題に発展するため、観光資源周辺での林業は通常の現場の1.5倍の準備時間を見込むのが現実的となる。
この記事は「林業経営の完全ガイド — 収益構造から事業計画まで」の関連記事です。林業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。
この分野の統計データは「林業の統計データ」で、グラフとテーブルで一覧できます。



