稲作の猛暑対策として、営農再編後の冷涼地での水管理とストレス緩和技術が注目されているが、成否を分けるのは土壌の保水性と高温期の水温調整だ。

主要データ

  • 高温障害による白未熟粒の発生率:品質低下事例の約27.6%(農林水産省「令和5年産水陸稲の被害調査」)
  • 夏季の最高気温35度超の日数:九州で年間平均18.2日(気象庁「地域別気候変動データ 2024年版」)
  • 水稲作付面積における冷涼地の割合:北海道・東北で全国の約39.4%(農業センサス2020、e-Stat)

高温期の深水管理で失敗するパターン

2026年7月の九州南部では最高気温が33度を超える日が続いており、宮崎では昼前からくもりになる予報だが鹿児島では曇りでも34度まで上がる見込みとなっているため、こうした猛暑の中で出穂期を迎えた水田では、「深水管理をすれば高温障害が防げる」と単純に考えて対応し、かえって失敗する事例が後を絶たない。

大分県竹田市の標高320メートルの水田でも、昨年の8月上旬、最高気温37度の予報を受けて慌てて水深を15センチまで上げたものの、翌朝には水温が28度を超えていたうえ、用水路の水温もすでに27度近くまで上がっていたため、深水にしても期待した冷却は起きず、むしろ根が酸欠気味になって稲がへたり、結果として白未熟粒が例年の1.8倍に増えた。

この失敗には典型的な流れがあり、用水の水温を測らないまま深水にすること、土壌の透水性を見ずに一律の水深を当てはめること、さらに深水のタイミングと期間を気温だけで決めてしまうことが重なりやすく、農林水産省の「高温障害対策の手引き」で深水管理が推奨されているにもかかわらず、実際の現場では水源の水温が25度を超えていれば冷却効果は限られる。農林水産省「作物統計(令和4年産)」によれば、全国の水稲収穫量に占める一等米比率は64.5%にとどまっている。

なぜ深水管理だけでは高温障害を防げないのか

高温障害の本質は、穂の温度が登熟期に35度以上の状態で続くことでデンプンの蓄積が阻害される現象にあり、農研機構の試験では出穂後10日間の平均気温が28度を超えると白未熟粒の発生率が急増するとされるが、ここで示されているのは気温であって水温ではないため、両者を切り分けて見る視点が欠かせない。

深水管理の狙いは、水の比熱の大きさを利用して地温と株元の温度を下げることにある。ところが、平地の用水路では7月下旬から8月中旬にかけて水温が26度から29度まで上昇し、大分県や熊本県の中山間地でも標高400メートル以下では用水温が25度を下回らない日が続くため、そもそも入れる水自体が冷えていない状況では、深く張っても穂温低下に結びつきにくい。

さらに深水にすると根の活性が下がりやすく、水深が12センチを超えると土壌の酸素濃度が低下して根の呼吸が抑制されるため、養分の吸収力が落ちて穂への転流が滞り、その結果として高温ストレスと養分不足が重なり、白未熟粒が増える悪循環に入りやすい。

もう一つ見落としにくいのが深水の継続期間で、出穂期から登熟初期にかけて10日以上続けると根の活力が戻りにくい一方、教科書では「出穂前後7日間は深水」と整理されているため、現場では水温と土壌条件を見ながら期間を調整する必要がある。農研機構「水稲の高温障害対策技術マニュアル」でも、深水管理により穂温を1〜2度低下させる効果が確認されているが、用水温が25度以上では冷却効果が限定的であることが示されている。

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正しい高温対策の手順

Step 1: 用水の水温測定と水源選択

出穂の20日前からは用水の水温を朝夕2回測り、水温計を水路の流心に30秒以上浸けて安定した数値を読むようにしたい。朝6時の水温が23度以下で、午後2時でも26度以下なら深水管理の効果が見込みやすいが、これを上回る場合は別の水源を探すか、夜間灌水へ切り替えるほうが実際的である。

熊本県阿蘇市では標高500メートル以上の湧水を利用する水田で8月でも水温が21度を保っており、こうした冷涼な用水を確保できる圃場では深水の効果が出やすい。一方、平地のため池や河川水を使う場合は水温が高くなりやすく、農林水産省「食料・農業・農村白書(令和5年版)」によれば、気候変動により水稲の作付適地が北上し、北海道・東北地域での作付面積が過去10年で約5.2%増加しているため、冷涼な用水をどう確保するかは営農再編の中でも重みを増している。

Step 2: 土壌の透水性に応じた水深設定

土壌の透水性によって適切な水深は変わり、粘土質で透水係数が0.5ミリ/日以下の圃場では水深10センチでも根の酸欠リスクがある一方、砂質で透水係数が5ミリ/日を超える圃場では15センチの深水でも根への影響は比較的小さい。

透水性の簡易判定は、落水後に再び湛水するまでの時間を見る方法で進めやすい。24時間で水が完全に抜ける圃場は透水性が高く、48時間経っても表面に水が残る圃場は透水性が低いため深水には向きにくい。後者では、水深を7センチ程度に抑えたうえで夜間に水を入れ替える間断灌水のほうが、深くためる管理よりも根の呼吸を確保しやすい。

Step 3: 出穂期前後の水管理スケジュール

出穂の5日前からは水深を徐々に上げ、急に深水へ切り替えるのではなく、1日2センチずつ水位を上げて出穂当日に目標水深へ合わせる進め方が望ましい。急激な水位変化は稲が適応しにくく、根の活性低下を招きやすいからだ。

出穂日から7日間は、水温が25度以下なら深水を維持できる。だが、水温が27度を超える場合は朝方に落水して日中は浅水にし、夜間に再び深水にする日周管理へ切り替えることで、日中の高温時に根の酸欠を避けつつ、夜間には株元を冷やす効果を狙える。

登熟が始まる出穂後8日目からは水深を徐々に下げる必要があり、急に落水すると根が乾燥ストレスを受けて養分転流が止まりやすいため、1日1センチずつ水位を下げ、出穂後14日目には通常の浅水管理へ戻す流れが扱いやすい。

Step 4: 葉面散布による直接冷却

気温が35度を超える予報が出た場合、深水だけでは穂温の上昇を抑えきれないことがあるため、午前10時から11時の間に清水を葉面散布する方法も検討したい。スプリンクラーやミストで葉と穂に直接水をかけることで、気化熱によって穂温を2度から3度下げる。

大分県豊後大野市の稲作農家では、出穂期の猛暑日にスプリンクラーを30分稼働させ、午前中に1回、午後3時に1回の計2回散布することで、白未熟粒の発生を3割削減した実績がある。ただし、日中の散布は水滴がレンズとなって葉焼けを起こすリスクもあるため、実施は曇天時か風のある日に限って判断するのが無難となる。

前提条件と必要な資材

高温対策を実施するには、まず圃場の排水性と用水の確保が前提になる。排水不良の圃場で深水管理を行うと根腐れのリスクが高まりやすく、逆に用水が不足する地域では深水を維持できないため、対策のつもりがかえって稲へ余計なストレスを与えることになりかねない。

必要な資材と道具としては、水温計、水位確認用の目盛り付き杭、そして記録の仕組みをそろえておきたい。水温計は棒状の液晶タイプで測定範囲が0度から40度のものを用意し、価格は1,500円程度でホームセンターでも入手できる。加えて、圃場の四隅に杭を立て、毎日同じ時刻に水深を記録して変化を追うことが欠かせない。

スプリンクラーやミスト装置は既存の防除用スプレイヤーを転用でき、新規導入の場合でも圃場面積30アールあたり1基の簡易型スプリンクラーで対応できる。価格は2万円前後で、動力噴霧器がある場合はノズルを霧状に切り替えて葉面散布に使う運用となっている。

プロと初心者の差が出るポイント

ベテランの稲作農家は、深水管理の判断を気温予報だけでは決めていない。稲の葉色と生育ステージまで見ており、出穂前に葉色が濃く茎数が確保できている圃場では深水による多少の根の活性低下は問題化しにくいが、葉色が淡く茎数が少ない圃場では、同じ管理でも養分不足が表面化しやすい。

差が出やすいのは、水温の日変化を読む力でもある。夜間に気温が下がっても、用水の水温は日中の蓄熱の影響で下がりにくく、福岡県八女市のベテラン農家は夜間に水温が23度以下に下がる日だけ深水を入れ、それ以外の日は間断灌水に切り替えている。この判断により、白未熟粒を平年の半分以下に抑えている。

初心者が見落としやすいのは、深水後の水の入れ替え頻度である。同じ水を3日以上ためると水温が上がるだけでなく溶存酸素も減り、根の呼吸が抑制されやすくなるため、プロは毎日夕方に水を落として夜間に新しい水を入れる。この手間の差が、高温障害の発生率にそのまま響いてくる。

現場での判断基準

高温対策の要否は、気象予報だけでなく圃場の状態も合わせて判断する必要がある。具体的には、以下の3つの基準を重ねて見ると、深水に進むべきか、夜間灌水へ切り替えるべきか、あるいは葉面散布を優先すべきかが整理しやすい。

第一に、出穂期前後7日間の最高気温予報が33度を超える日が3日以上続く場合は深水または葉面散布を実施し、2日程度なら通常の浅水管理でも白未熟粒の増加は限られる。

第二に、用水の水温が午後2時時点で26度以下なら深水管理、27度以上なら夜間灌水へ切り替える。さらに29度を超える場合は、深水に期待しすぎず葉面散布を中心に組み立てる判断が必要になる。

第三に、稲の葉色が濃く茎がしっかりしている圃場では深水管理の効果が出やすい一方、葉色が淡く茎が細い圃場では深水によって倒伏リスクが上がりやすいため、浅水で葉面散布を優先するほうが扱いやすい場面もある。

宮崎県えびの市の稲作農家は「深水は水温次第。水が冷たくなければ意味がない」と話す。つまり、気温だけを見て深水に踏み切るのではなく、まず用水路で水温を確かめ、その結果に応じて管理を変える積み重ねこそが、現場での判断精度を左右していく。

この記事は「農業経営の始め方 — 就農準備から経営安定化まで」の関連記事です。農業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。

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