稲の水管理は、中干し開始時期と落水タイミングの2つの判断ミスが収量・食味を直接左右する。茎数・葉色・気温の3指標で判断する現場技術だ。
主要データ
- 水稲作付面積:138万ha(農林水産省、2025年)
- 中干し実施農家率:92.3%(農水省「水稲作付実態調査」2024年)
- 適切な水管理による収量増加率:7〜12%(農研機構、2023年)
- 間断灌漑による用水削減効果:25〜40%(全国農業システム化研究会、2024年)
中干しの開始を1週間誤ると、食味値が3点落ちる
農業共済組合の調査データによれば、水稲の等級格差の約6割は水管理のタイミングミスに起因しており、とりわけ中干し開始の判断を外した場合は影響が大きく、茎数がまだ不足している段階で焦って中干しに入ると有効茎数が確保できず穂数不足で減収し、逆に茎数が過剰になってから始めると無効分げつが増えて通風が悪くなり、いもち病が発生しやすくなる。
新潟県の平場の大規模水田地帯では、目標茎数を1株あたり25〜28本に設定する農家が多い。だが、この数字を教科書通りに中山間地へ持ち込むと失敗しやすい。気温と日照時間が違うからである。中山間地は日照時間が短く分げつの発生が遅れるため、同じ茎数でも到達時期が1週間〜10日ずれ、平場の感覚で中干しに入ると茎数不足になりやすい。
実際、長野県の中山間地域で平場の栽培暦をそのまま適用した新規就農者の圃場では、6月下旬に中干しを開始したが茎数が20本程度しかなく、結果的に穂数不足で10a当たり480kgしか収穫できなかったのに対し、同じ地域のベテラン農家は茎数到達を7月上旬まで待ってから中干しに入り、530kg以上を安定確保している。
水管理の全体像:田植えから収穫までの5段階

稲の水管理は、生育ステージごとに水深と水の動きをコントロールする技術であり、大きく分けて5つの段階があるうえ、農林水産省「農業経営統計調査」(2023年)によれば水稲作における労働時間のうち水管理作業が占める割合は約15%で、田植え・収穫に次ぐ作業負担となっていることからも、単なる補助作業ではなく経営全体を左右する基幹管理として捉える必要がある。
第1段階:活着期(田植え後〜10日前後)
田植え直後は深水管理が基本となり、水深5〜7cmを維持して苗の活着を促すが、この時期に水を切らすと根の活着が遅れて初期生育が大幅に遅れるうえ、深すぎると酸欠になって逆に活着不良を起こすため、水深の維持は単純に見えて実務上の差が出やすい工程となっている。
第2段階:分げつ促進期(活着後〜中干し前)
浅水管理に切り替える。水深2〜4cmで、地温を上げて分げつを促進する。
間断灌漑を取り入れる農家も増えており、3〜4日湛水した後に2〜3日落水して土壌表面にひび割れが見え始めたら再び湛水するという繰り返しで、根の酸素要求を満たしながら根張りを良くしていく運用が広がっている。
第3段階:中干し期(目標茎数到達後〜幼穂形成期前)
田面を完全に露出させ、土壌に亀裂を入れる。期間は7〜10日が標準となる。
ただし、実際の期間は土壌条件と気象条件で調整する必要があり、粘土質の重い土では10日以上かけてしっかり干すこともあるが、砂質土では5〜7日で切り上げないと過乾燥になり、その後の生育に響く場合がある。
第4段階:幼穂形成期〜出穂期
最も水を必要とする時期である。水深3〜5cmの湛水状態を維持する。
この時期に水不足になると籾数が減少して大幅な減収につながり、特に減数分裂期(出穂18〜14日前)は1日でも水を切らすと不稔籾が増えるため、他の時期以上に見回り頻度と給水の確実性が問われる。
第5段階:登熟期〜落水
出穂後は間断灌漑に戻す。3〜4日湛水、2〜3日落水のサイクルだ。
根の活力を維持しながら過湿による根腐れを防ぎ、落水のタイミングは収穫予定日の10〜14日前が目安になるが、実際には気象条件で大きく変わるので、暦だけで固定せず圃場の乾き方を見ながら調整することになる。
中干し判断の実務:茎数カウントと葉色診断
中干し開始の判断は、目標茎数到達を確認してから行う。茎数カウントでは、圃場内の3〜5箇所で株を抜き取り、1株あたりの茎数を数える。
この作業を省略して「そろそろ時期だから」と暦だけで判断する農家は、年によって収量が大きくぶれる傾向があり、見た目の生育が揃っているように見える圃場でも実際には地点ごとの茎数差が判断を狂わせることが少なくないため、面倒でも複数地点の実測を積み重ねたほうが判断の再現性は高まる。
目標茎数は、品種と栽植密度で決まる。コシヒカリを60株/坪(18株/㎡)で植えた場合、1株あたり25〜28本が標準的な目標値になる。
ただしこれは平場の数字であり、中山間地では22〜25本、北海道では28〜32本と地域の気象条件で調整する必要があるうえ、農林水産省「作物統計調査」(2024年)では水稲の10a当たり平年収量は全国平均で531kgとされているため、適切な水管理によって目標茎数を確保できるかどうかが、この水準達成の前提条件となる。
茎数カウントと併せて葉色を見る。葉色板を使って測定し、SPAD値が35〜38程度なら適正範囲だ。40を超えると窒素過多で、中干しを強めに効かせる必要がある。逆に32以下だと窒素不足で、中干し前に追肥を検討する。
中干しの強度調整
中干しの強度は、土壌の亀裂の深さで判断する。標準的な中干しでは、地表に幅5〜10mmの亀裂が2〜3cm深さまで入る程度を目安にする。
茎数が過剰な場合や、倒伏しやすい品種では、亀裂を5〜7cm深さまで入れる強めの中干しを行うことがあり、単に乾かす日数だけを見るのではなく、土の割れ方と株の状態を合わせて確認しなければ狙った効果に届かない。
秋田県の「あきたこまち」産地では、倒伏軽減のために強めの中干しを標準化している。圃場を歩いて足が5cm程度沈む状態になるまで干すのが現地の基準だ。
対して、新潟県魚沼地域のコシヒカリ栽培では、食味重視で中干しを軽めにする農家が多く、亀裂が2〜3cmで切り上げて土が締まりすぎないようにしており、同じ中干しでも産地の狙いによって強度設計が変わることが見て取れる。
幼穂形成期〜出穂期の水管理:減数分裂期を絶対に干さない
減数分裂期は、稲の一生で最も水ストレスに弱い時期であり、この時期に水不足になると花粉の形成不全が起きて不稔籾が増える。農研機構の試験データによれば、減数分裂期に2日間水を切った区では不稔率が15〜25%に上昇し、対照区の不稔率は5%以下だったうえ、農林水産省「地球温暖化影響調査レポート」(2023年)によれば、2023年夏季の記録的高温により深水管理を実施しなかった地域では白未熟粒発生率が平年比1.5〜2倍に増加したことが報告されている。
減数分裂期は出穂の18〜14日前に当たる。コシヒカリなら7月下旬〜8月上旬、あきたこまちなら8月上旬がこの時期に該当する。圃場の観察ポイントは、止葉の展開状況だ。止葉が完全展開した時点が、ほぼ減数分裂期の開始と一致する。
この時期の水深管理は、深水を維持する。水深5〜7cmを切らさないようにする。
高温年には深水管理(10〜15cm)に切り替えて穂の高温障害を防ぎ、2023年の猛暑では深水管理を徹底した農家とそうでない農家で白未熟粒の発生率に20ポイント以上の差が出た地域もあることから、暑さ対策としての水深調整は品質維持に直結している。
出穂期〜開花期の水管理
出穂が始まったら、水深3〜5cmの浅水管理に戻す。深水のままだと、風による受粉が阻害される。
開花は午前中の3〜4時間に集中するため、この時間帯に水深が深すぎると受粉不良になりやすく、減数分裂期の深水管理をそのまま惰性で続けると、別の形で収量と品質に影響が及ぶ。
ただし高温が予想される日は例外であり、最高気温が35度を超える予報が出ている場合は前日の夕方から深水(10cm以上)にして穂温の上昇を抑えるなど、受粉確保と高温回避の両立を意識した運用が求められる。
登熟期の間断灌漑と落水判断
出穂後2週間を過ぎたら、間断灌漑に移行する。湛水3〜4日、落水2〜3日のサイクルだ。
この管理で根の活力を維持し、登熟歩合を高める。教科書では「出穂後30日で落水」と書かれるが、実際の現場ではこの通りにはいかない。気象条件と圃場条件が違うからだ。
粘土質の重い圃場では、落水から乾くまでに7〜10日かかるのに対し、砂質土では3〜4日で乾くため、収穫予定日から逆算して圃場が適度な硬さになるタイミングを見極める必要があり、コンバイン作業に適した土壌硬度は圃場表面を歩いて足が1〜2cm沈む程度で、これより柔らかいとコンバインが沈み込んで作業効率が落ち、これより硬いと籾のロスが増える。
落水判断では、その年の降雨推移と圃場の乾き方を優先して見る。地域差も大きい。
好天が続く年は落水をやや遅らせても圃場を仕上げやすいが、雨が続く局面では圃場が乾かないリスクを織り込んで早めに動く必要があり、同じ「10〜14日前」という目安でも、実際の運用は天候の持続性をどう読むかでかなり変わってくる。
落水後の再灌水判断
落水後に高温・干ばつが続くと、青米が増えて品質が低下する。葉が巻き始めたら、再灌水を検討する。
ただし収穫直前の再灌水は圃場を軟弱にしてコンバイン作業を困難にするため、再灌水するなら収穫7日前までに判断し、それ以降は多少葉が巻いても収穫を優先する運用が現場では選ばれやすい。
必要な道具と前提条件
水管理に必要な道具は、以下の通りだ。
- 葉色板:葉の窒素状態を数値化する。富士平工業のSPAD-502Plusが業界標準だ。価格は6万円前後だが、窒素診断の精度を上げるなら必須の投資になる。
- 水位計:簡易なもので十分だ。塩ビパイプに目盛りを付けた自作品でも機能する。
- 土壌硬度計:中干しの進行度を客観的に把握する。山中式硬度計が現場でよく使われる。
- デジタル温度計:地温・水温の測定に使う。防水タイプで応答速度の速いものを選ぶ。
前提条件として、圃場の給排水設備が整備されていることが必要であり、給水口と排水口が独立していない圃場では精密な水管理は困難になる。特に間断灌漑を実施する場合、自由に給排水をコントロールできる設備が前提になる。
もう一つの前提は、圃場の均平である。高低差が3cm以上ある圃場では、高い部分が露出しているのに低い部分は湛水状態という状況が生じる。
レーザーレベラーでの均平作業が理想だが、最低限、代かき時に丁寧に均平を取ることが水管理の精度を上げるうえで重要であり、設備条件と圃場条件の両方を整えて初めて細かな水位調整が生きてくる。
現場で応用するコツ:気象・土壌・品種の3軸で調整する
水管理の標準手順は、あくまで平均的な条件下での指針にすぎず、現場では気象・土壌・品種という3つの軸で調整が必要になるため、同じ地域内でも圃場ごとに運用差が出るのは珍しくない。
気象条件による調整
高温年は、深水管理の期間を長くする。特に出穂前後の高温対策として、深水を積極的に活用する。
2023年の猛暑では、農水省が「高温障害対策として深水管理の徹底」を呼びかけており、実際に深水管理を行った農家では白未熟粒の発生が抑えられた事例が報告されていることから、猛暑年の水深設定は平年の延長で考えないほうがよい。
冷夏・日照不足の年は、浅水管理を基本にする。水深を浅くして地温を上げ、分げつと登熟を促進する。
1993年の冷害では、深水管理を続けた農家で登熟不良が多発したのに対し、浅水管理に切り替えた農家は減収幅を最小限に抑えており、同じ水管理でも年次の気象に応じて逆方向の判断が必要になる。
土壌条件による調整
粘土質の重い土壌では、中干しを強めに効かせる。土が締まりにくく、コンバイン作業時に沈み込むリスクが高いためだ。亀裂を5〜7cmの深さまで入れ、しっかり乾かす。
砂質土や透水性の高い土壌では、中干しを軽めにする。過乾燥になると根が傷み、その後の生育に悪影響が出る。亀裂が2〜3cmで切り上げ、早めに湛水を再開する。
漏水田では、間断灌漑の実施が困難になる。湛水しても数日で水が減るため、頻繁な給水が必要になる。
こうした圃場では、畦畔の補修や客土による透水性改善が水管理の精度を上げる前提作業となり、運用だけで解決しようとしても限界があるので、まず圃場条件そのものを整える視点が求められる。
品種特性による調整
早生品種は、中干し開始を早める。分げつの発生が早く、目標茎数到達も早いためだ。晩生品種は、中干し開始を遅らせる。分げつの発生が遅く、焦って中干しに入ると茎数不足になる。
倒伏しやすい品種(コシヒカリ等)は、中干しを強めに効かせて茎を太く短くするが、倒伏抵抗性の高い品種(あきたこまち等)は標準的な中干しで問題ないため、品種の草姿を無視して一律に乾かすと狙いがずれやすい。
多収品種(みつひかり、あきだわら等)は、茎数を多めに確保する。目標茎数を標準品種より2〜3割増やし、穂数を確保する。ただし過繁茂になりやすいため、葉色診断を密に行い、窒素過多にならないよう注意する。
よくある失敗とその対策
現場でよくある失敗パターンを、具体的な事例とともに挙げる。
失敗例1:中干し時期の遅れによる過繁茂
茨城県南部の水田で、6月中旬の長雨により中干しのタイミングを逃した農家があった。茎数が既に1株35本を超えていたが、圃場が乾かず中干しに入れなかった。
結果、無効分げつが増えて通風が悪化し、いもち病が発生した。収量は目標の530kgに対し、480kgに留まった。
対策としては、排水溝を深く切って強制的に排水を促進することであり、圃場周囲だけでなく圃場内に縦横に溝を入れて排水経路を確保する必要があるため、多少手間がかかっても中干し時期を逃すリスクを考えれば優先度の高い作業となる。
失敗例2:減数分裂期の水不足
新潟県中越地域で、7月下旬の渇水により減数分裂期に水不足が発生した事例がある。農家は水番に気づかず、2日間圃場を干してしまった。出穂後に確認したところ、不稔籾が20%以上発生していた。最終的な収量は、平年の85%に留まった。
対策は、止葉展開期から出穂期までの水管理を最優先にすることであり、この時期は毎日圃場を見回って水深を確認し、用水の配分順序が後回しになる圃場では事前に水利組合と調整して、この時期だけでも優先的に配水してもらう交渉が必要になる。
失敗例3:早すぎる落水による青米増加
秋田県南部で、コンバイン作業を優先して出穂後25日で落水した農家があった。その後、高温・少雨が続き、圃場が過乾燥になった。登熟後半に水ストレスがかかり、青米が増加した。検査等級は2等に格下げされ、販売価格が10%以上下がった。
対策は、気象予報を見ながら落水タイミングを調整することだ。高温・少雨が予想される場合は、落水を遅らせる。
逆に秋雨前線の影響で雨が続く予報なら早めの落水判断も選択肢になり、圃場条件と気象条件の両方を見て総合的に判断することが、青米増加と収穫作業性の両面を崩さないための基本となる。
水管理の自動化・省力化技術
近年、水管理の省力化技術が急速に普及している。農水省の調査によれば、自動給水装置の導入農家は2024年時点で全国約2.8万戸に達した。2020年の1.2万戸から2倍以上に増加している。
自動給水装置の種類と選び方
自動給水装置は、大きく分けて2タイプある。水位センサー式と時間制御式だ。
水位センサー式は、設定した水位を下回ると自動で給水弁が開き、水位が回復すると自動で閉まるため精密な水位管理が可能で、間断灌漑にも対応できる。価格は1台8〜15万円程度で、積水化学の「paditch」、クボタの「WATARAS」が代表的な製品になる。
時間制御式は、設定した時刻に給水弁を開閉する。シンプルな構造で価格が安い(3〜6万円)が、水位の微調整は手動で行う必要がある。漏水が少ない圃場に向く。
選択のポイントは、圃場の条件と管理面積であり、10ha以上の大規模経営ではセンサー式の導入効果が大きく、水回りの時間が大幅に削減されて年間50〜80時間の省力化になる一方、5ha以下の小規模経営では時間制御式でも十分な効果が得られるため、投資回収は面積と見回り負担の大きさを基準に考えるのが現実的である。
ICT水管理システムの現状
スマートフォンで圃場の水位を確認し、遠隔操作で給排水をコントロールするシステムも登場している。NTTドコモの「畑アシスト」、笑農和の「paditch」等がある。初期投資は20〜40万円と高額だが、複数圃場を一元管理できるメリットがある。
ただし導入にあたっては、通信環境の確認が必須であり、圃場が携帯電波の圏外にある場合はシステムが機能しないため、事前に圃場で電波状況を確認し、必要に応じて中継器の設置を検討する流れになる。
次にやるべきこと:まず自分の圃場の目標茎数を設定しろ
水管理の精度を上げる第一歩は、自分の圃場の目標茎数を明確に設定することであり、品種と栽植密度から逆算して数値を決め、それを達成するまで中干しを待つ必要があるため、暦や周囲の農家の動きに流されず、自分の圃場の茎数で判断する習慣を早い段階で身につけたい。
次に、葉色板を導入して窒素診断を定量化する。目視の感覚だけに頼らず、SPAD値で管理する。
これだけでも追肥のタイミング精度が上がり、過剰施肥や不足を防ぎやすくなる。
3年目以降は、圃場ごとの水管理記録をつける。中干し開始日、落水日、再灌水の有無、最終的な収量・品質をセットで記録する。
3〜5年分のデータが蓄積されると、自分の圃場に最適な水管理パターンが見えてくるため、この記録の積み重ねが翌年以降の判断精度を押し上げ、現場で蓄積される技術資産として効いてくる。
この記事は「農業経営の始め方 — 就農準備から経営安定化まで」の関連記事です。農業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。
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