定置網の網代(あじろ)編みは、流速・水深・対象魚種により編み目の密度と角度を調整する技術で、施工精度が漁獲効率を左右する。
主要データ
- 定置網漁業経営体数:3,027経営体(2023年漁業センサス)
- 定置網による漁獲量:約26万トン(水産庁、2024年度水産白書)
- 網代部の施工誤差許容値:±3cm以内(全国定置網漁業者協会技術指針)
- 平均的な網代交換周期:2.5〜4年(日本海側、東京大学大気海洋研究所調査)
網代施工で最初に詰まるのは竹の選定と割り方だ
定置網の「あじろ」は、箱網や垣網の一部に編み込む竹製または樹脂製の格子構造を指す。水産庁の統計によれば、2024年度時点で全国の定置網漁業経営体の約68%が何らかの形で網代構造を採用しているが、施工不良による網の破損や魚の逃避は後を絶たず、現場でよく聞くのは「教科書通りに編んだのに、初めての時化で全部バラけた」という失敗であり、材料選定と割り方の段階での小さな見落としが、そのまま海上での大きな損傷へつながっている。
能登半島のある定置網漁業者は、新規に箱網の底部へ網代を施工した際、竹の節の位置を揃えずに編み込んだ。結果として水深15m地点で水圧が不均等にかかり、設置から3週間で竹が割れて網代全体が崩壊し、回収した残骸を見ると竹の割り方が均一でなく、厚さが5mmから12mmまでバラついていたため、これが応力集中を招いていたことが見て取れる。
もう一つの典型例は、樹脂製の網代材を使った佐渡沖の漁場であり、施工業者はメーカー推奨の間隔(15cm×15cm)で編んだものの、対象魚種がブリ・ワラサだったため体高20cm前後の個体が網代の隙間をすり抜けて逃げ、2026年6月16日の東京中央卸売市場ではブリ・ワラサの入荷量が67.6トンを記録した一方で、この漁場の水揚げは前年同期比で約40%減となっていた。水産庁「漁業・養殖業生産統計(令和5年)」によれば、定置網漁業の魚種別漁獲量ではまあじが約5.1万トン、さばが約4.8万トンで上位を占めており、網代の目合い設計は単なる施工仕様ではなく、対象魚種のサイズと収益性を結びつける実務上の判断材料となっている。
なぜ網代施工は失敗するのか――応力分散と流速計算の欠如
網代施工の失敗は、大きく分けて3つの原因に集約される。材料選定の誤り、編み込み時の応力分散不足、そして設置海域の流速と水深に対する理解不足であり、どれか一つだけを改善しても再発を防ぎ切れないため、施工前の段階で全体を見渡した判断が要る。
竹材の品質と前処理の見落とし
天然竹を使う場合、伐採時期と油抜き処理が耐久性を決める。教科書では「秋口から冬にかけて伐採した竹を使う」とされるが、実際の現場では春先に伐った竹を使う漁業者も少なくなく、春竹は水分と糖分が多いため海水中で腐敗菌の繁殖が早く、九州の五島列島沿岸では春伐りの竹を使った網代が1年半で劣化した事例があり、本来なら2.5〜4年は持つはずの部材でも、前処理の前提が崩れると繊維が早期に傷んでしまう。
油抜き処理も省略されがちだ。竹を火であぶって表面の油分を除去する工程だが、手間がかかるため「海水で洗えば十分」と考える業者がいる。しかし油分が残ると編み紐との摩擦係数が下がり、時化の際にズレが生じるため、局所的な緩みが全体へ波及して網代全体がねじれて破損する流れになりやすく、表面処理の省略が結束の不安定化を招く構図は現場で繰り返し確認されている。
流速と水深に応じた編み目密度の計算ミス
定置網の設置海域は、流速が0.5ノット以下の穏やかな場所から2ノットを超える潮目まで多様であり、網代の編み目密度はこの流速に応じて調整する必要がある。流速が速い海域では編み目を粗くして抵抗を減らし、遅い海域では密にして魚の逃避を防ぐが、現場では「標準仕様」として一律15cm×15cmで施工するケースが多く、海況の違いを設計へ反映しないまま据え付けてしまうことが、後の変形や破損の起点になっている。
岩手県南部沿岸のある定置網では、平均流速1.2ノットの海域に標準密度の網代を設置したところ、潮の圧力で網代が弓なりに変形した。設置から2カ月後、網代と本網の接合部が裂けて大規模な修繕を余儀なくされており、流速に対する抵抗計算を怠った結果がそのまま損傷として現れた形である。ちなみに2026年6月17日時点で岩手県南部沿岸の海面水温は17.1度(平年比+1.4度)と高めで推移しており、魚の活性が上がって網への負荷が増している状況だった。
竹と樹脂の特性差を理解していない
近年は樹脂製の網代材が普及しているが、竹との物性差を把握せずに使うと失敗する。樹脂は竹より軽量で腐食しない一方で、紫外線劣化と熱膨張が弱点であり、夏場の海面温度が25度を超える海域では樹脂が膨張して編み目が狭くなり、魚の通り抜けを阻害するため、素材変更だけで性能が自動的に上がるわけではない。
沖縄本島東海域では2026年6月17日時点で水温が25.3度(平年比-1.4度)だが、真夏には28度を超える。樹脂製網代を使う場合、この温度帯での膨張率を事前に計算し、編み目を若干広めに設定する必要があり、竹で成立していた寸法感覚をそのまま持ち込むと、設置後に想定外の狭まりが起きて魚道の機能に影響する。
正しい網代施工の手順――材料選定から設置まで
網代施工は、材料の選定・加工、編み込み、設置、固定の4段階に分かれる。それぞれの工程で押さえるべきポイントを述べるが、どの段階も単独では完結せず、前工程の精度が次工程の作業性と耐久性に直結するため、途中での省略や妥協は後の破損リスクとして跳ね返ってくる。
Step 1: 竹材または樹脂材の選定と前処理
竹を使う場合、真竹または孟宗竹を選ぶ。直径4〜6cm、肉厚5mm以上の節間が長い個体が望ましい。伐採は11月から翌年2月までに行い、伐採後は天日で1カ月以上乾燥させ、その後に火であぶって油抜きを行う。あぶる時間は竹の太さによるが、直径5cmなら片面あたり3〜4分が目安であり、表面が薄く焦げる程度で止めることで、繊維を傷めずに必要な前処理を終えられる。
樹脂材を使う場合は、ポリエチレン(PE)またはポリプロピレン(PP)製のものを選ぶ。UV安定剤が添加された製品を選定する。メーカーのスペックシートで「耐候性試験2000時間クリア」などの表記を確認し、安価な中国製品は添加剤が少なく1年で劣化するものもあるため、価格だけで決めず耐候性の裏付けまで見ておきたい。
Step 2: 竹の割り方と幅の均一化
竹を縦方向に割って細い板状にする。割る幅は対象魚種と流速で決まり、アジ・サバなど小型魚が対象なら幅3〜4cm、ブリ・カンパチなど大型魚なら5〜7cmが基準となるが、節の位置で割れ目が曲がると後工程で厚み調整が難しくなるため、割る際は鉈(なた)と木槌を使って直進性を保つ必要がある。
割った竹は、厚さを均一にするため小刀で削る。厚さのバラつきが±1mm以内に収まるよう調整し、ここで手を抜くと編み込み時に厚い部分へ応力が集中して割れるため、見た目より数値管理を優先したい。削り終わったら、海水に1日浸けてアク抜きを行う。これにより塩分に対する耐性が上がる。
Step 3: 編み込みと結束
編み込みは、縦材と横材を格子状に組み合わせる作業だ。まず縦材を等間隔に並べ、その上に横材を直角に重ねていく。交点は麻紐またはナイロン紐で結束する。結び方は「いぼ結び」が基本で、交点ごとに2回巻きつけて固結びする。
編み目の間隔は、流速と対象魚種で決める。流速0.5ノット以下なら10cm×10cm、0.5〜1.0ノットなら15cm×15cm、1.0ノット以上なら20cm×20cmが目安だ。ただしこれは真鯛・ヒラメ級の魚体を想定した数値であり、サバ・イワシなど小型魚なら間隔を狭める必要があるため、流速だけでなく魚体サイズとの整合も同時に確認しておくと、設置後の逃避や抵抗増大を抑えやすい。
結束紐はタール処理済みの麻紐が最も耐久性が高い。ナイロン紐は安価だが紫外線で劣化しやすいため、水深5m以浅の浅い場所では避ける。水深10m以上なら紫外線の影響が小さいため使用可能となっている。
Step 4: 網代の取り付けと張力調整
編み上げた網代を定置網の箱網または垣網に取り付ける。取り付け位置は、箱網の底部または側面の魚道部分が多い。網代の四隅をロープで本網に固定し、全体に均等な張力がかかるよう調整するが、張力が偏ると網代がねじれて破損するため、四隅の張力を手で引いて確認し、各辺の張力差が10%以内に収める。
取り付け後、網代の中央部を手で押して撓み(たわみ)を確認する。撓みが10cm以上あると流れに対して抵抗が大きくなりすぎるため張力を上げ、逆に撓みが3cm以下だと張りすぎで時化の際に破断リスクが高まるため、5〜8cmの撓みを目安に微調整するのが実務上の基準となっている。
前提条件と必要な道具
網代施工を行うには、以下の前提条件を満たす必要がある。材料や手順が適切でも、作業環境や人員配置が整っていなければ精度が安定しないため、着手前の準備段階で施工品質の大半が決まると考えたほうがよい。
作業環境の確保
網代の編み込みは陸上作業だ。屋根付きの作業場があれば理想だが、最低でも直射日光を避けられる場所を確保する。竹や樹脂材は高温下で変形しやすいため気温30度を超える日の作業は避け、風が強い日も紐が絡まりやすく作業効率が落ちることから、天候条件の見極めも工程管理の一部になり、水産庁「漁業センサス(2023年)」によれば定置網漁業経営体の平均従事者数は4.2人で小規模経営が多数を占めるため、少人数でも無理なく回せる段取りを組むことが施工精度の安定につながる。
必要な道具リスト
- 鉈と木槌:竹を割るための基本工具。刃渡り18cm以上の鉈が扱いやすい。
- 小刀:竹の厚さを削って調整する。刃先が鋭利なものを選ぶ。
- メジャーと墨壺:編み目の間隔を正確に測るため。レーザー距離計があればなお良い。
- 麻紐またはナイロン紐:結束用。直径3〜4mmが標準。1反(約100m)あたり500〜800円。
- 作業用手袋:竹のトゲや紐による手の負傷を防ぐ。皮手袋が望ましい。
- バーナーまたはガスコンロ:竹の油抜き用。プロパンガスのトーチバーナーが効率的。
- 水槽またはタンク:竹のアク抜き用。海水を入れて1日浸ける。
施工に必要な人数と時間
1m×2mの網代を1枚編むのに、熟練者なら3〜4時間、初心者なら6〜8時間かかる。2人一組で作業すれば効率が上がり、熟練者と初心者のペアなら4〜5時間で完成するため、教育と生産性を両立させたい場合は組み合わせの設計が効いてくる。定置網1基に使う網代の枚数は規模によるが、小型の定置網で4〜6枚、大型なら10枚以上になる。
プロと初心者の差が出るポイント
網代施工の巧拙は、細部の処理に現れる。プロが必ず押さえている3つのポイントを挙げるが、いずれも特別な道具より観察と調整の積み重ねに支えられており、数ミリ単位の差が耐久性と漁獲効率の差として現場に表れる。
竹の節の配置を計算に入れる
竹の節は強度が高い反面、柔軟性が低い。プロは編み込む際、節の位置が交点に来ないよう調整する。節が交点に重なると、その部分だけ硬くなり周囲との応力差が生まれ、時化の際にはこの応力差が起点となって割れるため、初心者のように無作為に配置すると耐久性が落ちやすい。
紐の結び方に「遊び」を持たせる
結束紐を固結びする際、プロはわずかに緩めに結ぶ。完全に締め上げると、波や潮流による網代の微振動を吸収できず、紐が切れやすくなるためであり、緩めといっても2〜3mm程度の遊びで十分なので、指で引っ張って若干動く程度に調整する。
この「遊び」の調整が、耐久年数を左右する。日本海側の定置網では、遊びを持たせた網代が平均4年持つのに対し、完全固定した網代は2年で交換を要するケースが多く、東京大学大気海洋研究所の調査でも、遊びを持たせた結束方法が推奨されている。
編み目の対角線長を測る習慣
編み込み後、プロは必ず対角線の長さを測る。正方形や長方形の編み目が歪んでいないか確認するためであり、対角線の長さが左右で1cm以上違うと網代全体が菱形に歪んでいる証拠となるため、この状態で設置すると流れに対して斜めに抵抗がかかり、早期破損につながる。初心者は見た目で「だいたい真っ直ぐ」と判断しがちだが、プロはメジャーで数値を確認する。
現場での判断基準――交換時期と応急処置
網代は消耗品だ。定期的な点検と適切なタイミングでの交換が、定置網全体の寿命を延ばすだけでなく、突発的な修繕費の増加を抑えるうえでも重要であり、施工技術と同じくらい運用判断の精度が問われる。
交換時期の見極め方
網代の交換時期は、竹の色と硬度で判断する。天然竹の場合、設置から1年経つと表面が灰褐色に変わり、2年で黒ずみ始め、3年で繊維がほぐれてくるため、指で押して簡単に凹む状態になったら交換のサインとみなす。樹脂製の場合は、表面に細かいひび割れが見えたら紫外線劣化が進んでいる証拠で、次の時化で破断する可能性が高い。
結束紐の劣化も重要な指標だ。麻紐は2年で繊維がケバ立ち、3年で切れ始める。ナイロン紐は1年半で白化し、2年で強度が半減するため、紐が1箇所でも切れたら部分補修で済ませるのではなく、全体を交換する前提で計画を立てる必要がある。
応急処置の方法
時化で網代が部分的に破損した場合、応急処置として予備の竹材や樹脂材を現場で編み込む。ただしこれは一時的な対処であり、次の凪(なぎ)のタイミングで全体を交換するのが基本となるため、恒久対策と混同しないことが大切だ。応急処置の際は、破損箇所の周囲30cm四方を切除し、新しい材料で埋める。継ぎ目は二重に結束して強度を確保する。
データで見る網代の耐久性
水産庁の漁業白書(2024年版)によれば、定置網漁業における網関連の修繕費は年間平均で経営体あたり約180万円だ。このうち網代部分の修繕・交換が占める割合は約25〜30%とされるため、年間45〜54万円が網代関連のコストになる計算であり、見落としやすい部材であっても経営への影響は小さくない。ただしこの数値は大型定置網を含む平均であり、小規模経営体では20〜30万円程度に収まるケースも多い。水産庁「水産白書(令和5年版)」によれば、定置網漁業の1経営体あたりの平均漁労支出は約2,800万円で、そのうち漁具費が約15%(約420万円)を占めており、網代の耐久性向上は支出構造の見直しに直結するテーマとなっている。
能登北部沿岸では、2026年6月17日時点で海面水温が21.3度(平年比+1.5度)と高めで推移している。水温が高いと海藻や付着生物の繁殖が活発になり、網代への負荷が増すため、こうした年は通常より半年〜1年早く交換が必要になる場合があり、現場では水温が平年より1度以上高い状態が2カ月続いたときに、次の凪で点検を入れるかどうかを判断材料の一つにしている。
網代施工の次にやるべきこと――定期点検と記録の重要性
網代を設置したら終わりではない。定期的な点検と記録が、長期的な漁業経営の安定につながり、施工時の仮説が実際の海況や漁獲にどう反映されたかを検証する材料にもなるため、作業後の管理まで含めて一連の技術として捉える必要がある。
月次点検のチェック項目
月に1回、凪の日を選んで網代の状態を確認する。チェック項目は以下の通りだ。
- 竹または樹脂材の色の変化
- 結束紐の緩みや切れ
- 編み目の歪みや変形
- 付着生物の量と種類
- 網代と本網の接合部の状態
点検結果は記録シートに記入する。写真も撮影しておくと、経年変化が視覚的に把握できる。特に結束紐の劣化スピードは海域によって大きく異なるため、自分の漁場でのデータを蓄積することが次回施工時の精度向上につながっていく。
水揚げデータとの相関を見る
網代の状態と水揚げ量には相関がある。網代が劣化して編み目が広がると、小型魚の逃避率が上がるため、漁獲の減少を単純に魚群の来遊変化だけで説明できない場合がある。東京中央卸売市場の2026年6月16日のデータでは、アジの入荷量が54.8トンだったが、網代が劣化した定置網からの入荷は前年比で減少傾向にある。自分の漁場の水揚げデータを月ごとに記録し、網代の交換時期と照らし合わせると、最適な交換サイクルが見えてくる。
結論からいえば、網代施工の成否は材料選定と編み込み精度で8割が決まり、残り2割は設置後の点検と記録にかかっている。流速が1ノットを超える海域なら編み目を20cm以上に広げ、0.5ノット以下なら10cmに詰め、竹の節が交点に来ないよう配置し、結束紐には2〜3mmの遊びを持たせることが基本であり、水温が平年より1度以上高い状態が2カ月続いたら次の凪で点検を入れるという運用まで含めて、現場で再現できる判断基準として整理しておきたい。
この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。
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