米騒動は終わっていない、主役が変わっただけ―2年で天井から生産費割れまで落ちた米価の構造【2026年産】
2026年夏、新米の値段が1年前と逆の方向に動き始めた。JA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり)は18,500円で、前年産(令和7年産)の当初概算金の30,000円から約38%下がった(共同通信配信(2026-08-18))。店頭では、スーパーの店頭販売価格(精米5kg当たり・税込・全国平均)が2026年10月5日〜11日の週に2,837円で、前年同期の4,142円から1,305円(31.5%)下がり、9月7日の週以降5週連続で3,000円を下回った(農林水産省 POSデータ(KSP-SP・全国約1,000店舗、2026年10月16日公表))。棚から米が消えた2024年夏から2年。値段の話題は「高すぎる」から「下がりすぎる」へ裏返った。
この記事のポイント
- 価格は天井を打った:相対取引価格は2025年10月の37,058円/60kgが天井。令和8年産の初値(2026年9月)は21,293円で、天井から42.5%下がった。
- 在庫は前年の1.8倍:民間在庫は2026年8月末で150万玄米トン、前年同月(84万玄米トン)より66万玄米トン多い。主食用米の作付けも令和7年産に136.7万haへ戻り、減っていない。
- 生産費は下がっていない:令和6年産の60kg当たり全算入生産費は全国平均15,814円。平成27年産以降の10年(統計表にある7年産)は14,758〜15,948円の幅に収まり、価格が倍になっても半分になっても費用はほぼ動かない。
- 割れるのは小規模と東海・近畿・中国から:概算金18,500円では経営体の54.5%〜56.3%が生産費割れ。ただし作付面積では25.3%〜26.7%
この記事は、その値段の上下からいったん距離を置く。問いは一つだ——米騒動は終わったのか。前回のレポート「令和の米騒動」のデータレポートは、2024〜2025年の品薄と高騰を需給・在庫・生産の構造から分解した。本レポートはその続編として、価格が反転した2026年産を同じ構造の側から見る。仮説は、「買えない」問題が「作っても回収できない」問題に反転しただけで、在庫と作付けの構造は変わっていない、というものである。価格の3段階(生産者の概算金・卸への相対取引・店頭)の乖離、在庫と作付けの動き、そして規模別・地域別の生産費との対比の順に確かめる。
1. 何が起きたか — 天井から2年
まず、卸売段階の価格である相対取引価格を年産ごとに重ねる。相対取引価格は、全農や道県経済連などの出荷業者と卸売業者の間で取引された価格を農林水産省が集計したもので、全銘柄の平均を年産別・月別に公表している。年産は9月に始まり翌年8月に終わるため、横軸を「9月〜翌8月」にそろえ、令和2年産から令和8年産までを1本ずつ並べた。
相対取引価格(全銘柄平均)の年産別推移
円/玄米60kg。運賃・包装代・消費税込みの1等米価格。横軸は各年産の9月〜翌年8月。
令和5年産までの4年は12,593〜16,133円の同じ帯にいた。令和6年産でその帯を抜け、令和7年産は2025年10月に37,058円の天井をつけたあと、おおむね下げ基調で、4月・7月に一時反発した
令和2年産から令和5年産までの4年間、相対取引価格は12,593円(令和3年産・2022年7月)から16,133円(令和5年産・2024年8月)の帯に収まっていた。この帯を抜けたのが令和6年産で、初値は2024年9月の22,700円。令和7年産は初値が2025年9月の36,895円と、令和6年産の初値をさらに上回って始まり、翌月の2025年10月に37,058円の天井をつけた。令和5年産の最安月と比べると2.4倍である。そこから先は下りで、令和8年産の初値(2026年9月)は21,293円。天井からは42.5%の下落だが、それでも令和5年産までの帯よりはるかに高い位置にいる。
ここで大事なのは、水準と方向を分けて読むことだ。水準で見れば、米はまだ「高い」。しかし方向で見れば、天井のあとはおおむね下げ基調で、4月(前月比+102円)と7月(前月比+1,181円)に一時反発した。前年の同じ月と比べる前年同月比は、この「方向」を1本の数字で示す。令和7年産の12か月と、令和8年産の1か月を、それぞれ前年産の同じ月と比べた。
令和7・8年産の前年同月比
各月の全銘柄平均価格を、前年の同じ月と比べた増減率。
令和7年産の上げ幅は出だしの+62.5%が最大で、11回の月替わりのうち10回で前月より縮み、2026/8は+16.1%。令和8年産の初値(2026年9月)では、前年同月比が-42.3%とマイナスに転じた。しぼみ続けた上げ幅の先に、新米の値下がりが来た
令和7年産の前年同月比は、2025/9の+62.5%で始まり、2026/8は+16.1%まで縮んだ。途中で最も小さかったのは2026/6の+13.4%である。11回の月替わりのうち10回で前月より縮んだ。前月より広がったのは7月で、相対取引価格そのものが前月から反発した月にあたる。前年同月比がプラスのうちは「値上がり」と報じられるが、その上げ幅がおおむねしぼみ続けている事実は、市場がすでに次の局面——在庫が余り、値を下げてでも売る局面——を織り込み始めていると読める。概算金は、この流れの延長で決まる。JA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり)が18,500円と前年産の当初30,000円から4割近く下がったのは、突然の値崩れではなく、相対取引価格の上げ幅がしぼんでいく流れの終点として読める。
卸への相対取引価格は令和8年産の初値(2026年9月)で前年同月比-42.3%、店頭は前年同期比で31.5%安、生産者段階の概算金は前年産の当初比で約38%安。3つの数字は出典も集計の単位も違うので、差し引きはできない。それでも3段階とも新米(令和8年産)の側で前年より3〜4割安い数字がそろい、新米への切り替えが価格にほぼ伝わった。
2. 在庫と作付けは戻っていない
価格を動かしたのは何か。米の需給を最も早く映すのは、流通段階の在庫である。農林水産省「米穀流通の動向」は、出荷段階と販売段階の民間在庫を毎月末の値で公表している。2020年7月末から2026年8月末までの74か月を並べた。
民間在庫(出荷+販売段階)の月末推移
最新リリース(2026年8月末分)の添付資料の値で、過去の月は改定後の値。各月の初出値とは6か月で最大2万玄米トンの差がある。令和7年3月以降は売り渡した政府備蓄米を含む。
在庫は毎年秋に積み上がり夏に底をつく。その夏の底が、2024年8月末の65万玄米トンから2026年8月末は150万玄米トンへ。品薄の年の底と余る年の底が、2年で入れ替わった
民間在庫には強い季節の形がある。新米が出回る秋から冬にかけて積み上がり、翌年の夏に向けて取り崩されて底をつく。期間中の最大は2021年11月末の351万玄米トンだった。比べるべきは、毎年の「夏の底」である。8月末の在庫は、2020年101・2021年118・2022年122・2023年104・2024年65・2025年84・2026年150(万玄米トン)と推移した。最も薄かったのが2024年8月末の65万玄米トン。そして直近の2026年8月末は150万玄米トンで、7年の8月末で最も多い。前年同月の84万玄米トンの1.8倍である。
水準の変化を、前年の同じ月との差でみる。差がマイナスの月が続けば在庫は前年より薄く、プラスが続けば前年より厚い。
民間在庫の前年同月差
最新リリースの添付資料に掲載の対前年差。
前年割れは2023年10月から2025年4月まで19か月続いた。2025年5月にプラスへ転じると差は2026年3月の+98万玄米トンまで広がり、2026年8月末も+66万玄米トン。品薄の期間の裏返しで、在庫の厚みが1年以上続いている
前年同月差がマイナスだった最長の期間は、2023年10月から2025年4月までの19か月(1年7か月)である。在庫が前年を下回り続けたこの期間が、令和の米騒動の土台だった。流れが変わったのは2025年5月で、前年同月差は+3万玄米トンとプラスに転じた。その後は差が2026年3月の+98万玄米トンまで広がり、2026年8月末は+66万玄米トンである。差の最大からは縮んだものの、前年を大きく上回る状態は続いている。積み上がった在庫は、そのまま次の年産の売り先を圧迫する。相対取引価格の前年同月比がしぼんでいった令和7年産の期間は、この在庫の厚みが最も大きかった時期と重なる。
在庫の次は、翌年の供給を決める作付けである。高値が続けば、生産者はより多く植える。農林水産省「水田における作付状況」の主食用米の作付面積を並べる。
主食用米の作付面積
各年9月15日時点の作付状況。収穫量は本レポートの収録データに無いため載せていない。
作付けは令和5年産の124.2万haを底に、令和7年産は前年から+10.8万haの136.7万ha。価格が跳ねた翌年に一気に戻し、翌年の意向もほぼ同じ水準で、在庫を減らす方向には動いていない
主食用米の作付面積は平成30年産の138.6万haから減り続け、令和5年産の124.2万haが底だった。令和6年産も125.9万haと低いまま推移し、この作付けの細りが在庫の前年割れと重なって品薄を生んだ。反応は一気に来た。令和7年産は前年から+10.8万haの136.7万haで、平成30年産の水準に近いところまで戻っている。
翌年はどうか。令和8年産 主食用米の作付意向(1月末時点)は136.1万haで(農林水産省「令和8年産の水田における作付意向について」)、令和7年産の実績から-0.6万haとほとんど変わらない。在庫が前年の1.8倍に積み上がった状態で、作付けは減らないまま次の年産を迎える。前回の騒動の根にあった「在庫と作付けの綱引き」は、向きを逆にしただけで同じ形で残っている。
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3. 誰の生産費を割るのか
価格が下がるとき、それを「安くなってよかった」で終わらせられないのは、下がった先に生産費があるからだ。農林水産省「農業経営統計調査 米生産費」の令和6年産(個別経営体・玄米を600kg以上販売する経営体)から、作付規模ごとの60kg当たり全算入生産費を並べ、概算金18,500円と全国平均15,814円の2本の基準線を引く。全算入生産費は、肥料・農薬・機械などの物財費と労働費に、資本利子と地代まで含めた費用である。
作付規模別の60kg当たり生産費
個別経営体・全算入生産費。概算金はJA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり)(共同通信配信(2026-08-18))で、全国の値ではない。
概算金を生産費が上回るのは0.5ha未満・0.5~1.0の2階層。最小規模の生産費は最大規模の2.7倍で、同じ値下がりでも「割れる」のは小さい経営から順に来る
60kg当たり生産費は、0.5ha未満の27,217円から50.0ha以上の9,978円まで、規模が大きくなるほどほぼ一方向に下がる。最小と最大の差は2.7倍である。概算金18,500円を上回るのは0.5ha未満(27,217円)・0.5~1.0(22,027円)、全国平均15,814円を上回るのは0.5ha未満・0.5~1.0・1.0~3.0の階層である。「3.0ha以上」でまとめた平均は12,912円、「15.0ha以上」の平均は10,916円で、大規模層はいずれも概算金の水準を大きく下回る。つまり同じ18,500円という値決めが、ある経営には利益を残し、別の経営には家族労働の対価すら残さない。個別経営体の全国平均15,814円に対し、組織法人経営体は12,090円と約3,700円低い(農林水産省「令和6年産 米生産費」第1報(seisanhi_kome_24.pdf))。
概算金を基準線に使うことについて。概算金18,500円はJA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり)で、全国一律の値ではない。産地・銘柄・JAごとに額が違い、後日の追加払いや精算で最終的な手取りは変わる。本レポートでは、生産者が受け取る段階の数字の例として基準線に使っている。生産費は個別経営体の全算入生産費で、自家労働を賃金で評価した家族労働費を含む。「生産費を上回る」は「家族の労賃を含めた費用を回収できない」という意味で、ただちに現金の赤字を意味しない。
規模別の平均は、同じ階層の中のばらつきを隠す。そこで同じ統計の度数分布表を使い、「生産費がX円以上の経営体は何%か」を、経営体数と作付面積の2つの物差しで描く。7,000円未満から95,000円以上までの226階層の構成比を、階層の下限ごとに積み上げ直したものである。
生産費がX円以上の割合(経営体数・作付面積)
横軸は60kg当たり全算入生産費(円)、縦軸はその額以上の階層の構成比の合計(%)。縦の点線は概算金18,500円と全国平均15,814円。40,000円を超える右裾は省略。
概算金18,500円を生産費が上回る経営体は54.5%〜56.3%と半数を超えるが、作付面積では25.3%〜26.7%。割れる経営は多いが、割れる田んぼは少ない
概算金18,500円は、度数分布の18,400〜18,600円の階層の中にある。この階層の中の分布は公表されていないので、「18,500円を超える経営体」の割合は、18,600円以上の54.5%と18,400円以上の56.3%の間にある、としか言えない。全国平均15,814円で同じことをすると、70.9%〜72.4%である。経営体の数で数えると、全国平均より生産費が高い側が多数派ということになる。生産費が3万円以上の経営体も18.6%ある。
ところが作付面積で数えると、景色が変わる。18,500円を超える階層の作付面積は25.3%〜26.7%、生産数量では22.9%〜24.1%にとどまる。経営体の過半は割れるが、生産数量でみれば76〜77%は割れない側で作られている。この2本の曲線の開きが、今回の反転の核心である。価格の下落は「国全体の米の供給」をすぐには壊さないが、「数の上で多数派の小さな経営」から先に採算を奪う。統計上の平均値だけを見ていると、この偏りは見えない。騒動の主役が消費者から生産者へ移ったと言えるのは、この偏り——価格の下落が、数の上で多数派の経営の生産費から先に割っていくこと——のためである。
では、価格と生産費はこれまでどういう位置関係にあったのか。同じ円/60kgの単位で、生産費(全国・個別経営体)と相対取引価格の年産平均を並べる。
並べられるが、差し引けない。①相対取引価格は出荷業者から卸売業者への取引価格で、「価格には、包装代、運賃、消費税相当額等を含む」(農林水産省「長期的な主食用米の価格の動向」(aitaikakaku-577.pdf)の注記)。生産費は生産者段階の費用で、流通の費用も消費税も含まない。②相対取引価格の年産平均は、本レポートが月次の値を単純平均したもので、農林水産省が公表する数量加重の年産平均とは異なる。③生産費は個別経営体の全国平均で、法人(組織法人経営体)を含まない。したがって、次の図の2本の差を「生産者の利益」と読むことはできない。読めるのは、両者の水準がどの年に近づき、どの年に離れたかという位置関係までである。
生産費と相対取引価格の年産平均
生産費の累年表は平成までは5年刻みで、平成26年産・平成28年産・平成29年産・平成30年産は無い。相対取引価格は令和2〜7年産で、月次の単純平均。令和8年産(1か月分)は月次が12か月そろっていないため載せていない。
価格の年産平均が生産費をはるかに上回る位置へ跳ねた令和6年産でも、生産費はほとんど動いていない。生産費は10年ほぼ横ばいで、上下に振れているのは価格の側だけだ
生産費は平成27年産の15,390円から令和6年産の15,814円まで、+2.8%しか動いていない。この10年の最低は令和3年産の14,758円、最高は令和5年産の15,948円で、その幅は1,190円に収まる。さかのぼると、平成7年産は19,728円、平成22年産は16,594円で、平成7年産から平成27年産までの20年で約22%下がったあと、横ばいに入った。ただし統計表の注記どおり、平成7年産以前は労働費の計上方法が違い、平成3年産や昭和60/61年産にも接続しない断層があるため、図は平成27年産以降に限った。
一方の価格は大きく振れた。令和3年産の年産平均(単純平均)は12,859円で、同じ年産の生産費14,758円より低い位置にあった。令和6年産は25,825円、令和7年産は34,362円と、生産費をはるかに上回る位置へ移った。段階の違う2つの数字なので差し引きはできないが、「価格は生産費に引き寄せられて決まる」という見方は、この並びからは支持されない。生産費はほぼ固定で、価格は在庫と作付けで上下する。だから価格が下がるとき、生産費の側は受け止める余地をほとんど持たない。
4. 前回の下落局面と地域差
米価の下落は初めてではない。前回の大きな下落局面としてよく比較に挙がる平成26年産(2014年産)を含めて、農林水産省が相対取引価格の月次公表に添付している「長期的な主食用米の価格の動向」から、年産別の平均価格を並べる。
相対取引価格の年産別平均
農林水産省の資料のグラフに記載の年産別平均価格(令和7年産は、出回りから令和8年8月までの速報値)。本レポートの他の図で使う月次の単純平均とは算出方法が異なる。
平成26年産の11,967円は、令和6年産の生産費15,814円を下回る水準だった。今回は令和7年産の35,174円からの下落で、卸の価格の水準は前回と大きく違う
この期間の最安は平成26年産の11,967円、最高は令和7年産の35,174円である。平成26年産の11,967円は、同じ図の中で令和6年産の個別経営体の生産費(15,814円)を下回る水準にあった。今回の天井は2025年10月の37,058円(月次)で、平成26年産の年産平均の3.1倍にあたる(年産平均と月次の値なので目安である)。今回の相対取引価格は、まだ平成26年産の水準から遠い。ただ、生産者の手取りに近い概算金の段階では、前節でみたとおり経営体の過半の生産費をすでに下回る銘柄が出ている。前回と今回を分けるのは卸の価格の水準であり、生産者の段階では距離が縮まっている。
規模の次は、地域である。同じ令和6年産の生産費を、全国農業地域別に並べ、概算金18,500円の基準線を引く。
全国農業地域別の60kg当たり生産費
個別経営体・全算入生産費。地域名は統計表の表記のまま。概算金はJA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり)。
生産費が概算金を上回るのは東海・近畿・中国。最も低い北海道とは9,357円の差があり、同じ値下がりが地域によって正反対の意味を持つ
地域別の生産費は、北海道の11,617円から近畿の20,974円まで開く。概算金18,500円を上回るのは東海(20,769円)・近畿(20,974円)・中国(20,382円)である。関東・東山と九州は16,481円で同値(統計表の値のまま)。北海道は11,617円、東北は13,568円と、概算金を大きく下回る。規模別の生産費で小規模ほど高かったことと合わせると、地域の差の一部は経営規模の差を映している可能性があるが、この統計表だけでは地域ごとの規模構成までは分解できない。
一つ注意がある。概算金18,500円は新潟の銘柄の値だが、新潟を含む北陸の生産費は17,791円で、概算金との差は709円しかない。地域平均が概算金をわずかに下回っていても、前節の度数分布が示すとおり、平均の内側には平均より生産費の高い経営体が多数いる。そして基準線にした概算金は一つの銘柄の値で、産地・銘柄によって額は違う。基準線が下がれば、「割れる」地域は増える。地域別の図は、概算金の水準しだいで色が塗り替わる地図として読んでほしい。
5. 判断材料としての含意
ここまでを並べ直す。価格は2025年10月の37,058円を天井に下り、上げ幅はおおむね月ごとにしぼんだ。令和8年産の初値は21,293円で、天井比▲42.5%である。在庫は前年の1.8倍に積み上がり、作付けは令和7年産に136.7万haへ戻ったまま、翌年も減る気配がない。生産費は10年ほぼ横ばいで、価格の下落を受け止める余地を持たない。その結果、概算金の水準では経営体の過半が生産費を回収できない一方、作付面積では73〜75%が回収できる側にいる(生産数量で数えると76〜77%)。騒動は終わったのではなく、品薄に困る消費者から、採算に困る小さな経営へ、主役が替わった。
この構造から、生産者の判断材料を3つ挙げる。第一に、販売の組み方である。相対取引価格の上げ幅がしぼむ局面では、その年の概算金だけに収入を預けるほど下振れを直接かぶる。実需者(卸・外食・加工)との複数年契約や事前契約は、天井の年の値を取り逃がす代わりに、今回のような反転の年の下振れを抑える。どちらを重く見るかは経営の体力しだいだが、「高値の翌年は下がる」という今回の並びは、その判断の前提として使える。
第二に、作付けの判断である。在庫が前年の1.8倍に積み上がり、翌年の主食用米の作付意向が136.1万haと前年並みのまま推移すれば、需給の緩みは次の年産にも持ち越される。主食用米だけで面積を埋めるのか、加工用米や飼料用米・麦・大豆などに一部を振り向けるのかは、水田活用の交付金などの制度と合わせて比べる必要がある。在庫・作付け・生産費の3つがそろって公表されている今は、価格が下がりきる前に判断できる材料がある。
第三に、収入の下振れへの備えである。米価の下落による収入減を補う制度には、収入減少影響緩和対策(いわゆるナラシ対策)や収入保険がある。どちらも加入の要件や補てんの仕組みが異なり、併用に制限もある。個別の条件は制度の窓口で確認してほしいが、sanchi.jpの補助金・融資・保険の検索ツール(農業)で、対象になりうる制度を一覧できる。生産費が概算金を上回る側にいる経営ほど、価格が戻るのを待つより先に、こうした仕組みを確認しておく意味が大きい。
最後に、このレポートで言えないことを確認しておく。示したのは、相対取引価格・民間在庫・作付面積・生産費という別々の統計が、同じ方向を指しているという事実関係である。概算金18,500円は一つの産地・銘柄の報道値で、全国の生産者の手取りを代表しない。生産費は令和6年産で、令和7年産の資材高や人件費の変化は反映していない。相対取引価格と生産費は流通段階が違い、差し引いて利益を出すことはできない。それでも、「米が安くなった」という一語が、消費者にとっての値下がりと、小さな経営にとっての採算割れという、正反対の出来事を束ねていることは、公開データだけで示せる。
よくある質問
Q. 概算金と相対取引価格は何が違うのですか?
払う人と受け取る人、そして流通の段階が違う。概算金は、JAなどの集荷業者が生産者から米を預かるときに先に支払う仮渡し金で、販売が進んだあとに追加払いや精算がある。本レポートで引用した18,500円は、JA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり)で、共同通信配信(2026-08-18)の報道値である(前年産(令和7年産)の当初概算金は30,000円)。一方の相対取引価格は、全農・道県経済連などの出荷業者と卸売業者の間の取引価格を農林水産省が集計したもので、運賃・包装代・消費税を含む1等米の価格である。したがって同じ60kg当たりの円でも、概算金は生産者の手元に入る段階、相対取引価格はそこから流通段階を一つ進んだ価格で、両者を差し引いて「流通の取り分」と読むことはできない。本レポートが生産費と並べるときに概算金を基準線に使うのは、生産者が受け取る段階の数字どうしだからである。
Q. 民間在庫とはどの在庫のことですか?
農林水産省「米穀流通の動向(集荷、販売、民間在庫)」が毎月公表する、出荷段階(集荷業者など)と販売段階(卸売業者など)の在庫の合計(うるち米)である。同資料の注記によれば、令和7年3月以降は、入札と随意契約で売り渡した政府備蓄米の数量が含まれている。本レポートの月末在庫は最新リリース(2026年8月末分)の添付資料の値で、過去の月は改定後の値である。各月のリリース本文に最初に載った値(初出値)とは、6か月で最大2万玄米トンの差がある。
Q. 生産費の「全国平均15,814円」は、どの農家の数字ですか?
農林水産省「農業経営統計調査 米生産費」の個別経営体(世帯による経営)のうち、玄米を600kg以上販売する経営体を母集団とした令和6年産の値で、資本利子と地代を全額算入した「全算入生産費」を玄米60kg当たりにしたものである。法人などの組織法人経営体は別集計で、令和6年産 組織法人経営体の60kg当たり全算入生産費は12,090円(農林水産省「令和6年産 米生産費」第1報(seisanhi_kome_24.pdf))と、個別経営体の平均より低い。本レポートのチャートは個別経営体の統計表だけで作っており、組織法人経営体の値は混ぜていない。また生産費には自家労働を賃金で評価した家族労働費が含まれるため、「生産費を下回る=赤字」ではなく、「家族の労賃を含めた費用を回収できない」という意味である。
Q. 2014年産の米価下落と、今回は何が違うのですか?
卸の価格の水準が違う。農林水産省の「長期的な主食用米の価格の動向」によれば、平成26年産(2014年産)の相対取引価格の年産平均は11,967円で、令和6年産の個別経営体の生産費15,814円より低い水準だった。今回の下落は令和7年産の37,058円(2025年10月・月次)という天井からの下落で、相対取引価格そのものはまだ生産費を大きく上回っている。ただし生産者の手取りに近い概算金の段階では、一部の銘柄ですでに経営体の生産費の分布の中央を下回っており、卸の価格ほどの距離はない。
Q. このレポートの数字は、いつ更新されますか?
出典ごとに公表の間隔が違う。相対取引価格は月次で、たとえば令和7年産の初回(9月分)は令和7年10月21日に公表された。本レポートに令和8年産が加わるのは、その初回公表後にデータを再取得して再ビルドしたときで、文章の「いま」の価格は自動で令和8年産の初値に切り替わる。民間在庫は月次で、月末の値が翌月末ごろに公表される(本レポートは2026年8月末分まで)。米生産費は年1回で、本レポートは令和6年産の確報(e-Stat掲載・2026年3月30日公表)を使っている。令和7年産の生産費は、公表されてもこのレポートの数字は差し替えない。主食用米の作付面積は、農林水産省「水田における作付状況」(9月15日時点)の公表値である。
出典
- 農林水産省「米の相対取引価格・数量」maff.go.jp(年産別・月別の全銘柄平均価格のExcel。令和2年産〜令和8年産。2026-10-23取得)
- 農林水産省「長期的な主食用米の価格の動向」(相対取引価格の参考資料・PDF)maff.go.jp(年産別平均価格。平成24年産〜令和7年産)
- 農林水産省「米穀流通の動向(集荷、販売、民間在庫)」maff.go.jp(出荷+販売段階の民間在庫・月末。2020-07〜2026-08。最新リリースの添付資料の値。2026-10-23取得)
- 農林水産省「水田における作付状況」(主食用米の作付面積。平成30年産〜令和7年産)
- 農林水産省「農業経営統計調査 令和6年産 米生産費」(確報・e-Stat 政府統計の総合窓口)e-stat.go.jp(表1 度数分布・表2 全国農業地域別・表3-1 作付規模別・累年1-3。個別経営体、60kg当たり全算入生産費)
- 農林水産省「令和8年産の水田における作付意向について」maff.go.jp(令和8年産 主食用米の作付意向(1月末時点))
- JA全農にいがたの令和8年産「一般コシヒカリ」の概算金(60kg当たり):共同通信配信(2026-08-18)の報道値(2026-09-27確認)
- スーパーの店頭販売価格(精米5kg当たり・税込・全国平均)(2026年10月5日〜11日の週):農林水産省 POSデータ(KSP-SP・全国約1,000店舗、2026年10月16日公表)maff.go.jp
- 令和6年産 組織法人経営体の60kg当たり全算入生産費:農林水産省「令和6年産 米生産費」第1報(seisanhi_kome_24.pdf)
本レポートは情報提供を目的としており、特定の投資・経営判断を推奨するものではありません。相対取引価格は運賃・包装代・消費税を含む1等米の価格で、年産平均は本レポートが月次の値を単純平均したもの(農林水産省の数量加重平均とは異なります)です。民間在庫は最新リリースの添付資料の値で、各月のリリース本文に最初に掲載された値とは最大2万玄米トンの差があります。米生産費は個別経営体(玄米を600kg以上販売する経営体)の全算入生産費で、家族労働費を含み、組織法人経営体は含みません。累年表の生産費は、昭和60/61年産(集計対象の下限の変更)、平成3年産(家族労働の評価方法の変更)、平成7年産(労働費の計上方法の変更)で接続しないため、長期の推移を1本の線でつないでいません。概算金は特定の産地・銘柄の報道値で、全国の生産者の手取りを代表するものではありません。相対取引価格と生産費は流通段階が異なるため、差し引いて利益と解釈することはできません。最新情報は各出典先の公式サイトでご確認ください。
※本レポートはAIを活用して作成し、編集部が内容を確認・監修しています。詳しくは編集方針をご覧ください。

sanchi.jp編集部
一次産業メディア 農業データレポート担当
農林水産業のデータと現場をつなぐメディア「sanchi.jp」編集部。公的統計・一次情報に基づき、構造的な視点で一次産業の論点を整理しています。
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