底引き網漁業は海底を曳く高効率漁法で、網の形状維持と曳網速度の判断が魚獲の8割を左右する。経験則と機械の数値管理の両立が不可欠だ。

主要データ

  • 底びき網漁業経営体数:1,842経営体(2023年漁業センサス)
  • 底びき網漁業生産量:約27.3万トン(2023年水産庁統計)
  • 1経営体あたり平均漁獲量:148トン(2023年水産庁統計)
  • 津軽海峡の海面水温:24.3度(平年比+1.2度)(2026年9月11日時点)

網が浮く、魚が逃げる、燃料だけが消える

底引き網を始めて2年目の船が、網を入れても獲れない理由を「漁場の問題」だと見てしまうことはあるが、実際には網口が海底から15センチ以上浮いているだけの場合もあり、しかも曳網速度が0.3ノット速いだけでオッターボードの沈降角度が変わって網全体が持ち上がるため、原因の切り分けを誤ると燃料だけを消費する操業になりやすい。

底引き網漁業は、袋状の網を海底に沿って曳き、底魚や甲殻類を漁獲する能動的漁法である。網の両側にオッターボードという板を取り付け、曳航時の水圧で網口を左右に広げながら海底を掃くため、刺し網や定置網と違って、漁師側が魚のいる場所へ積極的に網を持っていく形になる。

水産庁の統計によれば、2023年時点で底びき網漁業を営む経営体は全国で1,842あり、年間生産量は約27.3万トンに達する一方で、この数値には小型機船底びき網と沖合底びき網の両方が含まれているため、個々の経営体の規模や操業形態には幅がある。1経営体あたりの平均漁獲量は148トンだが、これは大型船の数値に引き上げられた平均値であり、小型船では年間30〜50トン程度を想定しておくほうが現場感覚に近い。

難しさは見えないことにある。刺し網なら浮きの位置で網の状態がわかり、定置網なら潜って確認できる一方で、底引き網は曳いている最中の網の形状を直接見ることができないため、頼れるのは船速、ワープの張力、魚探の反応、過去の経験だけとなっている。

船・網・機械——底引き網に必要な装備の実際

小型底びき網の主要漁獲対象魚種の構成比(令和4年)(出典:水産庁「漁業・養殖業生産統計(令和4年)」)
小型底びき網の主要漁獲対象魚種の構成比(令和4年)

底引き網漁業を始める際は船そのものの選定から考える必要があり、教科書では「5トン以上の船外機船」とされていても、現場で採算が取りやすいのは10トン級以上の漁船とされることが多い。理由は燃費と操業時間にあり、5トン船では凪の日に沿岸部で3〜4時間の曳網が限界になりやすく、燃料と人件費を差し引くと赤字に傾きやすい。さらに、水産庁の「令和4年度 水産白書」によれば底びき網漁業の就業者平均年齢は約60歳に達しており、後継者不足と技術継承も全国的な課題として表れている。

以下が現場で使われる主要装備だ。

船体と推進装置

10〜19トン級のFRP漁船が主力になる。ディーゼルエンジンは150〜300馬力が標準で、曳網時の船速2.5〜3.5ノットを安定して維持できる出力が求められる。

ウインチは油圧式が主流であり、手巻きのウインチを使う小型船もあるものの、1日に5回以上網を上げ下ろしする操業では体力面の負担が大きい。そのため、油圧ウインチにはワープ(曳網索)を300〜500メートル巻き取る能力が必要となり、巻き上げ速度は毎分30〜50メートルが目安になる。

網とオッターボード

網本体は、網口の幅(開口幅)が10〜20メートルのものが一般的で、材質はポリエチレンまたはナイロンとなる。海底との摩擦に耐える強度が求められ、網の最後部にあたるコッドエンド(魚捕部)は目合いが法定サイズ以上でなければならず、たとえば太平洋側のマダイ・ヒラメを対象とする場合、目合いは90ミリ以上と定められている。

オッターボードは鉄製の板で、1枚あたり100〜300キログラムの重量がある。水中で斜めに設置することで、曳航時の水圧を受けて網口を左右に広げる役割を持ち、板の角度、形状、重量のバランスが網の挙動を決める。

ここは削りにくい。結論からいえば、オッターボードは既製品を使うのが前提であり、「自作すればコストが下がる」と考える新規参入者もいるが、板の重心位置が数センチずれるだけで網が安定しなくなるため、初期費用を抑えたつもりでも操業全体の不安定化を招きやすい。

測深・魚探装置

GPS魚探とソナーが必須になる。魚探は海底の地形と魚群の位置を把握するために使い、ソナーは網の位置と形状を間接的に推定するために使う。最近ではネットゾンデという網口開口幅を測定する装置を取り付ける船も増えているが、価格は100万円以上するため普及率は3割程度にとどまる。

選別・保管設備

水揚げ後の魚を選別する作業台、活魚水槽または氷蔵設備が船上に必要であり、底引き網は一度に多種多様な魚が入るため選別作業に時間がかかる。鮮度落ちを防ぐには、網を上げてから30分以内に氷で冷やすか活魚水槽に移す必要があり、2026年9月10日時点の東京中央卸売市場では、ぶり・わらさの入荷量が73.7トンと多いため、底引き網で混獲されるこうした魚種の扱いも無視できない。

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Step 1: 操業海域と漁場の選定

底引き網は「どこを曳くか」で漁獲の6割が決まり、網の性能や曳き方がどれだけ優れていても魚のいない場所を曳けば結果は出ないため、操業前の海域選定がその日の収支を大きく左右する。

まず海図で水深と海底地形を確認する。底引き網に適した水深は30〜150メートルで、海底が砂泥質または砂礫質の平坦な場所が理想だ。岩礁帯や急斜面では網が破れるリスクが高く、修理コストが操業利益を上回る。

次に過去の漁獲実績を参照する。各地の漁協には操業日誌や漁場図が保管されており、先輩漁師の記録から「この時期にこの海域で何が獲れたか」を知ることができる。ただし漁場情報は競争上の機密でもあるため、新規参入者が簡単に教えてもらえるわけではなく、地元の漁協に加入したうえで、最低でも1年間は他船の操業に同行して学ぶのが現実的な手順となる。

海面水温も判断材料になる。2026年9月11日時点では、能登北部沿岸で26.4度(平年比+0.8度)、土佐湾で28.5度(平年比+0.8度)と、日本近海の13海域中12海域で平年を上回る水温が記録されている。水温が高い年は、ブリやマアジなどの回遊魚の北上時期が早まり、操業適地が例年と変わるため、過去の記録をそのまま当てはめるのではなく、魚探とソナーで現場の魚群を確認したうえで網を入れる判断が求められる。水産庁の「漁業・養殖業生産統計(令和4年)」では、小型底びき網の主要漁獲対象はエビ類(約3.2万トン)、カレイ類(約1.8万トン)、イカ類(約1.5万トン)となっており、海域選定では対象魚種の生態と季節変動を理解しておきたい。

Step 2: 網の設置と投入

網を海に入れる作業を「投網」と呼び、この段階で網が絡まったり、オッターボードの角度がずれたりすると、その後の曳網がほぼ無駄になりかねないため、作業の順番と姿勢の確認を崩さないことが重要になる。

投網の手順は以下の通りだ。船を風上または潮上に向け、エンジンを低速(1〜1.5ノット)にする。まずコッドエンドを海に落とし、続いて網本体を順次投入していく。網が完全に海中に入ったら、オッターボードを左右それぞれ投入する。この時、オッターボードが水平に沈むように姿勢を調整するのが重要で、板が斜めに入ると着底時に網全体が捻れる。

オッターボードが着底したら、ワープ(曳網索)を繰り出す。ワープの長さは水深の3〜4倍が基本とされるが、これは平坦な海底での数値であり、起伏のある海底では4〜5倍に延ばさないと網が海底に追従しないため、たとえば水深50メートルの漁場ならワープは200〜250メートル繰り出すことになる。

最後に船速を上げる。ワープを繰り出し終えたら、船速を2.5〜3.5ノットに上げて曳網を開始し、この時は左右のワープの張力が均等になっているかをウインチのメーターで確認する。左右で張力差が10%以上ある場合、網が片側に寄って魚を取り逃がしやすくなる。

Step 3: 曳網速度と針路の維持

曳網中は船速と針路を一定に保つ。ここは底引き網で最も長い時間を占める工程であり、外から見ると単調に映りやすいものの、実際には数値の監視と操船感覚を重ねながら細かな修正を続ける場面である。

船速は対地速度で2.5〜3.5ノットが標準だ。これより遅いと網が海底を這わず、魚が網口の前から逃げる。逆に速すぎると網が浮き上がり、底魚を取り逃がす。ただし潮流の影響を受けるため、船の対水速度は常に変わる。GPSの対地速度を見ながら、エンジン回転数で微調整を続ける。

針路は直線を保つのが理想だが、海底地形に合わせて曲げることもある。急なターンは禁物で、旋回半径が小さいと網が捻れてオッターボードが倒れるため、針路を変える時は10度以内の緩やかな角度で5分以上かけて曲がる。

曳網時間は1回あたり1.5〜3時間が目安だ。長く曳けば多く獲れるわけではなく、網が満杯になると抵抗が増えて船速が落ちるうえ、魚が網の中で圧迫されて鮮度も下がるため、魚探の反応とワープの張力を見ながら「そろそろ上げ時」を見極める経験がものをいう。

石川県能登の小型底びき網漁船の例

能登半島沖で操業する15トン級の船では、1日に3〜4回の投揚網を繰り返し、1回の曳網時間は2時間前後で、対象はアカガレイ、ニギス、エビ類となる。朝4時に出港し、午後2時には帰港するが、これは鮮度を保つための時間設定であり、市場のセリに間に合わせる逆算から来ている。

Step 4: 揚網と魚の取り出し

曳網を終えたら網を引き上げる。この作業を「揚網」と呼ぶ。まず船速を1ノット以下に落とし、ウインチでワープを巻き取る。オッターボードが船側まで上がってきたら、クレーンまたは手作業で船上に引き上げる。

続いて網本体を巻き上げる。この時、網が捻れていないかを目視で確認し、捻れがあれば次回の投網前に直す必要があるため、コッドエンドが船上に上がった段階で結び目を解き、魚を甲板に放出するまでの流れを急がず進めたい。

魚は種類ごとに選別し、サイズ別に分ける。この作業は想像以上に時間を使う。底引き網は「何が入るかわからない」漁法であり、対象魚種以外の魚、ヒトデ、カニ、貝、海藻、ゴミなどが混ざるため、選別の速さと手順の良し悪しがそのまま利益に響いてくる。

選別後、魚は氷で冷やすか、活魚水槽に移す。底魚は鮮度落ちが早く、特にカレイ類は水揚げ後30分で身が柔らかくなり始めるため、氷の量を抑えすぎると市場価格が2〜3割下がることもある。

よくある失敗と現場での対処

網が浮いて底魚が獲れない

新潟県の沖合で操業する船が、カレイを狙って1週間曳き続けたが、漁獲量が例年の半分以下だった。網を引き上げて確認したところ、網口の下辺が海底から20センチ以上浮いていた。原因は曳網速度が0.4ノット速かったことと、ワープの長さが水深の2.5倍しかなかったことだ。

対処法は2つある。1つ目は船速を0.3ノット落とすこと、2つ目はワープを水深の4倍まで伸ばすことであり、どちらか一方だけでは効果が薄い。両方を同時に調整して初めて、網が海底に密着し、狙った底魚を拾える状態に近づいていく。

オッターボードが倒れて網口が閉じる

オッターボードは水圧を受けて立ち上がる構造だが、曳網中に倒れることがある。原因は板の取り付け角度、ワープの張力不均衡、海底の起伏など複数あり、倒れた状態で曳き続けると網口が閉じて魚が入らない。

兆候はワープの張力計に現れる。片側の張力が急に落ちたら、その側のオッターボードが倒れている可能性が高く、この時は一度揚網して取り付け角度を確認する。板の上端が外側に5度傾くように調整するのが標準だが、潮流が強い海域では7〜8度に増やす。

網が破れて修理に半日かかる

岩礁帯に網が引っかかり、100メートル四方の破損が発生した例がある。修理には4〜5時間かかり、その日の操業は中止になった。原因は海図の読み違いと、魚探の反応を過信したことだ。

岩礁帯は魚探では「硬い反応」として表示されるが、砂礫底との区別がつきにくい一方で、地元漁師が「あの辺りは網を入れるな」と言う場所には必ず理由があるため、その理由を確かめないまま入ると網を失う可能性が高まる。

破網のリスクを減らすには、初めての漁場では曳網時間を30分以内にとどめ、様子を見ながら徐々に時間を延ばす方法が有効である。また、予備の網を船に積んでおけば、破損時にもすぐ交換できる体制を整えやすい。

漁獲物の鮮度管理と市場対応

底引き網で獲れる魚は、刺し網や一本釣りに比べて鮮度管理が難しい。網の中で魚同士が圧迫され、内出血や鱗の剥がれが起きやすいからだ。市場では「底びき物は値が下がる」という見方があり、実際に同じ魚種でも一本釣りより2〜3割安い価格がつくことがある。

鮮度を保つには、揚網後すぐに魚を海水氷で冷やす。氷の温度は0〜2度が理想で、魚1キログラムに対して氷500グラムが目安だが、氷が多すぎると魚が凍傷を起こし、逆に価値が下がるため、量の加減まで含めて作業の精度が問われる。

活魚出荷を狙う場合は、網から取り出す時の扱いが重要になる。魚を放り投げたり、甲板に叩きつけたりすると、外傷がなくても内臓がダメージを受け、活魚水槽に入れても数時間で死ぬため、手でやさしく掴み、直接水槽に移す動作を徹底したい。

燃料費と操業コストの管理

底引き網漁業の最大のコストは燃料費であり、15トン級の船で1日操業すると軽油を200〜300リットル消費する。2026年9月時点の軽油価格を1リットル120円とすれば、1日の燃料費は2.4〜3.6万円になり、これに人件費、氷代、修理費を加えると1日の固定費は5〜7万円に達する。水産庁の「漁業センサス(令和5年)」によると、底びき網漁業の1経営体あたり年間漁労支出は平均約2,400万円で、うち燃油費が約30%(約720万円)を占めており、燃油価格の変動が経営を大きく左右する構造が見て取れる。

採算ラインは、1日あたりの水揚げ金額が10万円を超えることだ。これを下回る日が続くと、操業すればするほど赤字が膨らむ。時化で出漁できない日が続いた後ほど焦りが出やすいが、「早く取り返したい」という気持ちで凪を待たずに出ると、結果として燃料を無駄にしやすい。

燃費を改善するには、曳網速度を0.2ノット落とすだけでも効果があり、船速3.5ノットと3.3ノットでは燃料消費が15%程度変わる一方で、漁獲量への影響は比較的小さい。そのため、燃料価格が高騰している時期には、低速操業へ切り替える判断が現場で選ばれている。

安全上の注意点

底引き網漁業の労働災害発生率は、全漁業種類の中で高い部類に入る。水産庁の統計では、漁業における死亡事故の約18%が底びき網漁業で発生している(2022年度データ)。原因の多くは転落、ワープの切断による負傷、網の巻き込まれ事故だ。

ワープの切断事故

ワープ(曳網索)は直径12〜18ミリのワイヤーロープだが、劣化すると突然切れる。切れた瞬間、張力が解放されてワープが鞭のようにしなり、周囲にいる人間を直撃する。過去には頭部に当たって死亡した例もある。

予防策は、ワープの目視点検を毎日行うことだ。錆、キンク(よじれ)、素線の断裂が見つかったら、その部分を切り詰めるか、ワープ全体を交換する。ワープの寿命は使用頻度にもよるが、2〜3年が目安だ。

揚網時の巻き込まれ事故

ウインチで網を巻き上げる際、網に足を取られて海中に引きずり込まれる事故が起きる。特に夜間操業では視界が悪く、網の位置を見誤りやすい。

対策として、揚網作業中は甲板上の移動経路を決め、網から2メートル以上離れた位置に立つルールを徹底する。また作業灯を増設し、甲板全体を明るくする設備投資も有効であり、視認性の改善は転倒や接触の予防にもつながる。

悪天候時の出漁判断

波高2メートル以上、風速10メートル以上の条件では、底引き網の操業は困難になる。船が揺れて網の投入・揚網作業が危険になるだけでなく、曳網中の船速が安定せず、網が海底から浮く。

気象庁の波浪予報を確認し、波高1.5メートル以下の日を選んで出漁する。ただし予報が外れることもあるため、出漁後に風波が強まった場合は、無理に操業を続けず帰港する判断が必要になる。「せっかく来たから」と粘るほど、事故のリスクは高くなっていく。

次にやるべきこと——操業記録と漁場マップの作成

底引き網で安定した漁獲を続けるには、操業ごとのデータを記録し、分析する習慣が欠かせない。ベテラン漁師の頭の中にある「あの辺りでこの時期に獲れる」という知識は、実は数十年分の操業記録の蓄積である。

記録すべき項目は、日時、漁場の緯度経度、水深、海底地形、曳網速度、曳網時間、ワープの長さ、漁獲量(魚種別)、海水温、潮流の向きと強さ、天候であり、これをノートに手書きするか、スマートフォンのアプリに入力して残していく。

データが1年分溜まったら、漁場マップを作る。地図上に操業地点をプロットし、漁獲量を色分けで表示することで、「この海域は春先が良い」「水温25度以上になると魚が減る」といったパターンが見えてくる。

網の張力が左右で5%以上ずれ始めたら、オッターボードの角度調整のサインであり、そのまま次の操業に入ると網の姿勢が崩れやすいため、港へ戻った段階で次の出漁までに直しておきたい。

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