底引き網漁業は海底の魚群を効率的に捕獲する能動的漁法で、曳網速度と網口開閉のタイミングが漁獲量を左右する。

主要データ

  • 底びき網漁業の経営体数:2,874経営体(2023年漁業センサス、前回比18.2%減)
  • 底びき網漁業の生産量:約23.6万トン(2024年水産白書、沖合底びき網分)
  • 1経営体あたりの平均水揚げ額:約4,820万円(2023年漁業経営調査、沖合底びき網1そうびき)
  • 燃油費の経営コスト比率:平均32.7%(2023年度水産庁調べ、底びき網漁業)

底引き網で失敗する現場は、曳網速度の判断を間違えている

底引き網漁で最初に詰まりやすいのは曳網速度の見極めで、教科書では「2.5〜3.5ノットが標準」とされるものの、これは砂泥底で平坦な海域を前提にした目安にすぎず、実際の現場では海底地形、魚種、時化の度合い、網の大きさを重ねて見ないと最適速度は決まらない。北海道の十勝沖でホッケを狙う現場では海底の起伏が激しいため、2ノット前半まで落とさないと根掛かりの危険が増す一方、日本海の能登沖でアカガレイを狙う場合は平坦な砂泥底が広がるため、3.5ノット近くまで上げても操業しやすい。水産庁の「漁業・養殖業生産統計」(令和5年)によれば、底びき網漁業の主要漁獲魚種はスケトウダラ(約7.2万トン)、ズワイガニ(約1.8万トン)、ホッケ(約1.3万トン)で、魚種ごとに適した曳網速度と漁場水深が異なることから、画一的な操業では効率が伸びにくい。

2026年9月時点で、十勝地方沿岸の海面水温は19.3度と平年より1.3度高く、この水温上昇で底魚の分布が例年より深場へ寄っているため、深場で潮流が強く網が流されやすい状況では、曳網速度を0.3〜0.5ノットほど上げて網の姿勢を保つ判断が求められる。現場の変化を見ずにマニュアル通りの速度だけを守っても、漁獲効率は上がりにくい。

水産庁の「漁業センサス」(2023年)によれば、底びき網漁業の経営体数は2,874経営体で、前回調査から18.2%減少した。もっとも、この数値には小規模な手繰り網を含まないため、実態としての減少幅はさらに大きい可能性があり、燃油費高騰と後継者不足が主因であるだけでなく、操業技術の伝承が途切れつつあることも重なって、ベテラン漁師の引退とともに「海底の読み方」や「曳網中の網の状態判断」といったマニュアル化しにくい技術が失われつつあることが見て取れる。

底引き網漁業を始める前提条件

底びき網漁業の主要漁獲魚種別生産量(2023年)(出典:水産庁「漁業・養殖業生産統計」(令和5年))
底びき網漁業の主要漁獲魚種別生産量(2023年)

底引き網漁業に参入するには、漁業権の取得、船舶の確保、網漁具の整備という3つの壁があり、個人が新規参入するハードルはかなり高い。加えて、水産庁の「令和5年度水産白書」によれば漁業就業者数は約12.9万人で、そのうち65歳以上が40.7%を占めており、底びき網漁業でも技術継承の断絶が深刻化しているため、参入を考える段階で許可や設備だけでなく、誰の下で技術を覚えるかまで含めて見通しを立てる必要がある。

漁業許可と資格要件

底引き網漁業は、多くの海域で知事許可漁業または大臣許可漁業に指定されている。沖合底びき網漁業(15トン以上の船舶)は大臣許可が必要で、新規の許可枠はほぼないため、既存の許可を持つ経営体から譲渡を受けるか、法人に雇用される形で入るのが現実的であり、小型底びき網漁業(15トン未満)も都道府県知事許可ではあるが、多くの海域で許可隻数の上限が設けられていることから、空きが出るのを待つケースが少なくない。

操業には小型船舶操縦士免許(1級または2級)が必要で、船舶のトン数によっては海技士免許も求められる。さらに、多くの漁協では独自の研修制度を設けており、数年間は乗組員として経験を積んだうえで独立に進む流れが一般的となっている。

必要な船舶と網漁具

底引き網漁業に使う船舶は、小型底びき網で5〜15トン級、沖合底びき網で50〜200トン級が中心であり、中古船でも小型底びき網船は500万〜2,000万円、沖合底びき網船は5,000万円以上が相場となる。しかも、エンジンの馬力、ウインチの性能、GPSプロッターやソナーの装備状況によって価格差が大きく、同じトン数帯でも導入費用はかなり振れやすい。

網漁具は、袋網、身網、手網、オッターボード(展開板)、ワープ(曳網索)などで構成される。新品で一式そろえると、小型底びき網で300万〜800万円、沖合底びき網では2,000万円を超える。網の寿命は使用頻度と海底の状況に左右されるが、袋網は年1〜2回、身網は2〜3年での交換が目安になる。

初期投資と運転資金

小型底びき網漁業で独立する場合、船舶購入、網漁具、港湾使用料、保険、燃油などを含めて初期投資は最低でも1,500万〜3,000万円必要で、沖合底びき網では1億円を超えることも珍しくないうえ、運転資金として燃油費、氷代、餌代、人件費などが毎月発生するため、参入判断は設備を買えるかどうかだけでなく、操業開始後の資金繰りまで含めて行わなければならない。燃油費は経営コストの約32.7%を占め(2023年度水産庁調べ)、原油価格の変動が経営を直撃しやすい。さらに、水産庁の「漁業経営調査」(令和4年度)によれば、沖合底びき網1そうびきの漁労支出のうち、燃油費に次いで漁具費(網・ワープ等)が約18.3%を占めており、網の破損や消耗も収支を圧迫する要因となっている。

国の支援制度として「漁業経営安定対策」や「漁船リース事業」があるが、条件は年度ごとに変わるため、水産庁の最新告示を確認することが前提になる。

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底引き網漁業の操業手順

Step 1: 漁場選定と海況判断

底引き網漁業で最も技術が問われるのは漁場選定であり、魚群探知機やソナーで魚影を確認するのは当然としても、それだけでは足りず、海底地形、潮流、水温、近隣船の操業状況を重ねて見てはじめて、引ける場所と避けるべき場所の線引きができる。

海底地形図(海上保安庁の海図や漁協が持つ詳細データ)を頭に入れておき、根(岩礁帯)や急斜面を避けるルート取りが基本となる。根掛かりすると網が破損するだけでなく、ワープが切れて網全体を失うこともあるため、北海道の釧路沖のように水深150〜200メートルの砂泥底が主漁場であっても、所々に点在する岩礁を避けるためにGPSの航跡を記録し、同じコースを繰り返し曳く漁師が多い。

2026年9月時点で、釧路地方沿岸の海面水温は17.7度と平年より0.7度高く、この変化でスケトウダラやホッケの分布がやや深場に寄っているため、従来より10〜20メートル深い水深帯を試す必要がある。いつもの水深に魚がいないときほど、海況の変化を前提に見直す姿勢が欠かせない。

Step 2: 網の投入(投網)

投網作業は、船速を落としつつ風と潮の向きを見ながら網を順番に海中へ入れていく工程で、手順を誤ると網が絡んだり、オッターボードが十分に開かなかったりするため、慣れた乗組員でも確認を省かない。

まず袋網から投入し、次に身網、手網の順に入れる。オッターボードは最後に投入し、ワープを繰り出しながら網を海底まで沈める。ワープの長さは水深の2.5〜3倍が目安だが、潮流が速い場合は3.5倍以上に延ばすこともあり、短すぎると網が浮き上がって底魚が逃げやすくなる。

投網中は船を微速で進め、網が流されないようにする。風が強いときは、風下に船首を向けて投網すると、網が船体に絡む危険を抑えやすい。

Step 3: 曳網

曳網速度は、対地速度で2.0〜3.5ノットが基本とされるが、実際には潮流の影響を受けるため対水速度も確認しなければならず、潮に逆らって曳く場合は船速を上げ、潮に流される場合は下げて調整する必要があることから、数字だけを見て一定速度で引き続けるやり方では対応しきれない。

曳網中は、ワープの張力、船の傾き、エンジンの負荷音で網の状態を判断する。ワープの張力が急に増えたら根掛かりの可能性があり、すぐに船を止めて網を巻き上げる。逆に張力が急に減った場合は、網が破れてワープが切れたか、魚が大量に入って網が引きずられている可能性を疑う。

曳網時間は魚種と漁場によるが、30分〜2時間が一般的だ。ヒラメやカレイは長めに曳き、エビ類は短めにする。長く曳きすぎると、魚が網の中で傷み、鮮度低下につながりやすい。

Step 4: 網の揚げ(揚網)

揚網は、ウインチでワープを巻き上げ、オッターボード、手網、身網、袋網の順に船上へ引き上げる作業であり、袋網が船側に来たらクレーンやタモ網で魚を甲板へ移すが、この流れでは重量の偏りが船体の安定に直結するため、急いで作業を進めるほど危険が増しやすい。

袋網が重すぎる場合は、一度に全部を揚げようとせず、途中で網を開いて魚を分けて取り込む。無理に引き上げると網が破れるうえ、揚網中は船のバランスも崩れやすいため、時化の日はとくに慎重な判断が求められる。

Step 5: 魚の選別と保管

甲板に揚げた魚は、すぐに魚種別・サイズ別に選別する。底引き網は多種多様な魚が混獲されるため、選別の丁寧さが水揚げ後の価格に直結しやすく、高価な魚(ヒラメ、アンコウ、アカガレイなど)ほど傷をつけない扱いが求められる。

選別後は、すぐに氷や冷海水で冷やす。底引き網は網を引いている時間が長いため、刺し網や一本釣りに比べて鮮度落ちが早い。氷の量を削ると、せっかくの漁獲でも安値になりやすい。

東京中央卸売市場の2026年9月11日のデータでは、さけます類の入荷量は30.2トンで前日比22.8%減、するめいかは16.2トンで前日比21.6%減だったため、入荷量の減少は価格を押し上げる要因になるが、底引き網の場合は鮮度が評価の分かれ目になりやすく、氷締めが甘いと相場が良くても買い叩かれる。数量だけでなく、船上での扱いが最終単価を左右する。

底引き網漁業でよくある失敗と現場の対処法

沖合底びき網1そうびきの漁労支出内訳(2022年度)(出典:水産庁「漁業経営調査」(令和4年度)および水産庁調べ(2023年度))
沖合底びき網1そうびきの漁労支出内訳(2022年度)

失敗例1: 根掛かりによる網の損失

能登半島の北部沿岸で小型底びき網を操業していた漁師が、GPSの航跡記録を過信して同じコースを曳いたところ、前日の時化で海底地形が変わっており、岩に網を引っ掛けて袋網と身網を失った。修理費用は約80万円、操業停止期間は1週間に及んだ。

対処法は2つある。1つ目は、時化の後は必ず試し曳きをして海底の状態を確認することで、試し曳きでは網を軽くしたうえで短時間(10〜15分)だけ曳き、ワープの張力や引き上げた網の状態から根の有無を判断する。2つ目は、根掛かりしたら無理に引かず、すぐに船を止めて網を緩め、後進で外れる方向へ動くことであり、ここで焦って出力を上げるとワープが切れて網全体を失いかねない。

失敗例2: 曳網速度の判断ミスによる空網

岩手県北部沿岸で、底引き網の経験が浅い漁師が、マニュアル通り3ノットで曳いたところ、2回連続で空網(魚がほとんど入らない)になった。ベテラン漁師に同行してもらったところ、その日は潮が速く、3ノットでは網が浮き上がっていたことが判明した。速度を2.3ノットまで落とし、ワープを延ばしたところ、次の曳網で30キロ以上の漁獲があった。

曳網速度は、対地速度だけでなく、潮流を踏まえた対水速度で判断する。潮流計がない場合でも、船のGPSの航跡と船首方向のズレから潮の向きと強さを推測できるため、潮に逆らって曳くときは船速を上げ、潮に流されるときは下げるという基本を、数値と船の動きの両方で確認したい。

失敗例3: 氷の量をケチって鮮度落ち

底引き網は曳網時間が長いため、魚が網の中で弱りやすい。揚網後すぐに冷やさないと鮮度が急速に落ち、ある漁師が氷代を節約しようと通常の半分の氷で保管したところ、市場での評価が「B級品」に下がり、キロ単価が3割安くなった。氷代は1日数千円だが、鮮度落ちによる損失は数万円に達した。

氷は魚の重量に対して1:1以上が目安であり、特にヒラメやカレイなどの高級魚は氷の量を削ると評価が落ちやすいため、目先の節約が販売単価の低下につながる。冷海水装置がある船では、0〜2度の冷海水で魚を保管すると、氷よりも均一に冷やしやすい。

底引き網漁業の安全上の注意点

転覆・転落のリスク

底引き網漁業は重い網を船上で扱うため船のバランスが崩れやすく、とくに揚網時や時化の日は転覆の危険が高まることから、袋網に大量の魚が入っている場合でも一度に引き上げず、途中で網を開いて魚を分けて取り込む判断が事故防止につながる。

甲板での転落防止として、ライフジャケットの常時着用、滑り止めの靴、甲板の排水をこまめに行うことが基本となる。疲労がたまると判断力が鈍り、足も滑らせやすくなるため、連続操業を詰め込みすぎず、適度に休憩を取る運用が欠かせない。

ワープ・網による巻き込まれ事故

ワープや網が高速で動いているときに、衣服や手足が巻き込まれる事故は毎年発生しているため、ワープが巻き上げられている最中はその近くに立たず、網を扱う際は軍手ではなく滑り止め付きのゴム手袋を使う必要がある。軍手は網に引っかかりやすく、手ごと引き込まれる危険があるからだ。

時化での操業判断

底引き網漁業では、時化の日は操業を控えるのが鉄則であり、波高3メートル以上、風速15メートル以上の場合は出港せず、海上で急に時化が強まった場合は網を揚げて港に戻るべきで、無理に続けると網が流されて根掛かりしたり、船が転覆したりする危険が高まる。

天気予報だけでなく、漁協の無線やベテラン漁師の判断も参考にしたい。地元の漁師は、雲の形、風の向き、波の間隔から時化の強まり方を読んでおり、数値情報だけでは拾いにくい変化を操業判断に織り込んでいる。

底引き網漁業の次にやるべきこと

底引き網漁業の技術を身につけるには、まず乗組員として2〜3年の経験を積むのが現実的であり、独学で始めるのは不可能に近いため、漁協や漁業会社の求人に応募し、ベテラン漁師の下で修行するところから入るのが順当だ。最初に求められるのは、知識よりも現場の流れを身体で覚える姿勢である。

修行期間中に習得すべき技術は、網の繕い、海図の読み方、魚群探知機とソナーの使い方、曳網速度の判断、魚の選別と鮮度管理であり、とくに網の繕いは独立後のコスト削減に直結する。網の修理を業者に出すと1回数万円かかる一方、自分で繕えれば材料費だけで済むため、日々の細かな作業が経営面にも響いてくる。

独立を目指すなら、まず小型底びき網漁業の知事許可を取得することから始める。許可の空きが出るのを待つ間に、中古船と網漁具の情報を集め、資金計画を立てる。国や都道府県の支援制度を活用する場合は、水産庁や都道府県の水産部に問い合わせ、最新の条件を確認しておきたい。

底引き網漁業は、燃油費と網漁具のコストが高く、経営の安定まで数年かかることもあるが、技術を身につければ刺し網や一本釣りより安定した漁獲を見込みやすいため、まずは地元の漁協に相談し、乗組員として受け入れてくれる船を探すところから動き出すのが現実的な一歩になる。

この記事は「漁業経営改善ガイド — 既存漁業者のための収益改善戦略」の関連記事です。漁業に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。

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